放課後、来賓用玄関に行けば姓が金魚の世話をしていた。
餌を片手に、水槽を指先で叩いて楽しそうに笑っている。
やはり年齢よりもずいぶん幼く見えるな。
「姓」
『わ、わわ、柳くん』
後ろから声をかければ、姓は肩が跳ねて、金魚は水草や流木の陰に隠れた。
俺は空っぽに見える水槽に肩を預けてもたれかかる。
姓も俺の真似をして水槽に寄りかかる。
アクリルの水槽は床にしっかりと固定されているため丈夫で、以前赤也がぶつかっても水が波打っただけ。
俺たち二人の体重くらい軽く支えられる。
『金魚展、誘ってくれてありがとう!テレビで観てからずっと行きたかったの』
「俺も貰ってくれて助かる」
この際精市の嘘に合わせよう。
先月始まったばかりの金魚の特別展示。
行きたいけれど東京なため、中々友人を誘いづらかったらしい。
その上、方向音痴だという姓は一緒に行ってくれる人が、俺だから頼もしいと頬がずっと緩んでいる。
頼もしいとか、満面の笑みとか、俺に向けられている。
ドキドキと鼓動がうるさい。
待ち合わせの場所や時間を確認していると、あのね、と姓が言いづらそうに口を開く。
『お洋服あんまり持ってなくて、着物じゃダメかな?』
そういえば姓の家は旅館だったな。
だからと言って洋服を持ってないことはないだろうけど、和服を着ることの方が多いのだろう。
それが彼女の精一杯のおしゃれと言うならば。俺は頷いた。
「ならば俺も着物を着て行こう」
花道も茶道もしていてよかった。和装が似合う容姿でよかった。
それに、下手にコーディネートをしてダサいと言われてしまうこともない。
了承を得ると、姓の表情はパッと明るくなった。
『あ、金魚さん柳くんに慣れてきたみたい』
伺うように水草の影から金魚は顔を出していた。
コンコンと姓が指先で水槽を叩くと、その指目掛けて歩み寄ってきた。
彼女が柳くんもと言うので、水槽に指をくっつける。
『柳くんは怖くないよ〜』
姓はアクリルに指を滑らせ、その指を金魚が追いかける。
俺の指を終点に彼女のそれが寄り添う。
姓の指が触れてドキリと胸が跳ねたことは悟られていないだろうか。
彼女の指が水槽から離れても金魚はその場から動くことはない。
『柳くん、好き』
「え?」
耳を疑った。
朱色に染まった頬の姓を見て、聞き間違いなんかじゃないと見て取れた。
思わず見開いた目と潤んだ姓の目が重なる。
『や、柳くん、お魚さんは好き?!』
姓は目をそらし、水槽に餌を撒いた。
俺の指を見つめていた金魚は、ゆらゆらと水面に登っていった。
「ああ、好きだ」
『そっか、楽しみだな!水族館!』
じゃあ!と餌を撒き終えた姓は走り去って行った。
俺も水槽から離れ、部室へと向かう。
それまでに、緩んだ頬を戻さなければ。