待ち合わせは東京に詳しくないという姓だから、学校の最寄りから東京寄りの急行が停まる駅にした。
午前10時少し前。
立海生も多く利用するが、乗り換えるだろう下りホームとは別。
上りはこの駅より前で乗り換えるだろうから、見られることはまずないだろう。
常磐色の着流しを纏い佇む姿が異質なのか僅かに視線を感じる。
今停まった各停に姓が乗っているであろうことは把握済みだ。
カランと草履が鳴る。
『お待たせしました!』
賑やかなホームが途端に静まり返った。
目の前に波紋柄の水浅葱色の着物に、白に金魚の刺繍が施された帯を巻いた姓が立っていた。
薄っすらと化粧もされ、俺と会うために綺麗に着飾ってくれて。
自惚れてもいいのだろうか。
網膜に焼きつきそうなくらい、いや、焼きついても構わない。
姓は眩しかった。
目を見開いた俺が珍しかったのかまじまじと覗き込まれる。
『柳くん、緑色も和服も似合うね。かっこいいよ』
ただでさえ制服と一味違う、最も彼女の魅力が引き出される格好をしている姓ににやけるのを頬の内側を噛んで抑えているというのに、かっこいいなんて言われてしまっては隠し切れない。
顔を背け、口元を手で覆う。
勝利以外にこのような幸福を得たことがない。
並んで急行を待つ。
特に会話をすることはないが、気まずくはない。
それどころか、柄にもなく緊張して何を話せばいいやらわからない。
恋愛に関してはあまり引き出しがないのだ。
物語には当たり前に、恋愛が生じていて、流れるような手順が載っているというのに。
くん、と袖に重りがついた。
見やれば俺の袖を掴み、ジッと俺の顔を見つめていた。
『柳くん、柳くん』
「なんだ」
『手を繋いでいいですか?はぐれそう』
「わかった」
姓は袖を掴んでいた手を離し、俺はその手を握った。
小さく柔らかな手が俺の手に包まれる。強く握れば潰れてしまいそうだ。
姓は頬を綻ばせて線路を見つめていた。
『テニスしてるからマメだらけだね』
「痛いか?」
『ううん。愛しく思うよ』
姓は何者なのだろうか。
動じないと言われ続けた俺の心を軽くなのに元の姿がわからなくなるほどにかき回す。
彼女が愛おしいだけいつもの場所に鎮座していて、それ以外はデタラメにひっくり返されている。
「お前の手は綺麗だな」
『お客様に見られる手だもの。柳くんの手も綺麗だよ』
手をつないだまま乗り込んだ東京行きの急行。
こんな調子で果たして1日心が持つのだろうか。