生徒会室まで来たがこの先に進もうと思わない。
だけど逃げるわけにもいかない。

三回ドアをノックすると、中から跡部の声が返ってきた。


妙に豪華で広い部屋の窓際に置かれた生徒会長のデスク。
そこに座り書類を睨みつける跡部。
似合うと思う。元より彼は教室の鉄パイプと合板の机に座っている方がおかしい。


「逃げなかったか」


わたしは黙ったまま、入り口の側から動かない。
一応生徒会の人間とはいえ、選挙で選ばれていない非正規の人間だ。
目に触れてはいけない書類や帳簿が当然あるだろう。


「名はそこの書類を分けてくれ」


ソファの前のローテーブルに積まれた書類。
学園祭の出し物の希望の書類か。
舞台、飲食、展示。クラスや部活、委員会が出し物をするため、山ほど希望が集まる。
とりあえずやるか。


『跡部』
「なんだ」
『窓開けていい?ここの匂い苦手』


入った瞬間からバラのような甘い強い匂いが呼吸の邪魔をする。
けして安い不快な匂いではない。むしろ上品な香りだけれど、長時間いるとなると気分が悪くなる。


「構わない」
『ありがとう』


鍵を開けて窓を開け放つ。
緩やかに吹き込んでくる風でようやく息ができた気がする。


大きく深呼吸をして、無駄にふかふかなソファに体を鎮める。
書類を手に取りパラパラと書類を分けていく。

舞台や飲食に人気が集中している。
適当に展示をやって、当日は適当に学園祭をふらつけばいいのにと去年から思っている。
ちゃっちい舞台やって楽しいものか。どうせバイトや社会に出れば勝手にやらさせる接客が楽しいものか。

憎たらしくもうちのクラスの希望は飲食だ。勝手にやってろ。


『とりあえずジャンルに分けたけど』
「クラスとかには」
『済んでる』
「コンセプトは」
『納得できたのはこれだけ。あとは突き返すべき』
「上出来だな。推薦して正解だった」


推薦した?
跡部が喉を鳴らして笑う。
わたしの眉間にシワが寄るのがよくわかる。


「お前の方がその辺の生徒会役員より使えると判断して、榊先生から頼んだってわけだ」


そうか、榊先生は生徒会の顧問だったか。


「なぁ、お前は何故俺様を睨む?」


跡部は手を止めてわたしを睨む。
目を逸らしたら負けだ。いや、目が合った時点で手の内か。


『その態度と噂を鵜呑みにするつもりはないけど、女をオナホ代わりにするところ』
「面白いことをいうじゃねぇの」


跡部はひとしきり笑った後、わたしの向かいのソファに腰掛けた。
長い脚を組み、踏ん反り返る。


「抱けと言われるから抱いてやってるだけだ」
『ふーん、名前ぐらい呼んでやりなよ』
「気持ち良ければな。勝手に気持ちよくなって悦んで、愛もクソもねぇのに何が楽しいんだか」


わたしは目を丸くした。噂は所詮噂だったか。
跡部は愛のあるセックスを求めるんだ。可笑しい。


「何笑ってやがる」
『オナニーに使われてるのが跡部の方だと思ってなくてね。無差別の跡部じゃなくて、女が最低だったんだ』
「勝手に言ってろ」


跡部はローテーブルの上の書類を片付ける。
わたしの今日の仕事は終わりってことかな。

そういえば、他の生徒会の子が来なかったな。
キョロキョロと生徒会室を見渡す。
4組の跡部のよりグレードの下がる机があるけれど、使用感のあるデスクはない。


「生徒会の役員は滅多にこの部屋には来ねぇよ。会議とか必要な時にだけだ。因みにこの部屋に呼んだのはお前が初めてだ」
『女の子も来ないんだ』
「一般生徒に見られたら困るものもあるからな」


わたしはソファの隣に置いたカバンを手に取り立ち上がる。


「明日が楽しみだな」
『はぁ?明日も来いってこと?他の役員呼べよ』
「俺様の元に来ざるえない状況になるぜ」


跡部はわたしが開けた窓を締めた。

意味がわからない。
わたしは生徒会室を後にした。

鼻がバカになってる。生徒会室の匂いが強く残っている。最悪だ。