『うわぁ、制服から匂い消えてない』


帰ってからもあの生徒会室の匂いが消えなくて、思わず制服をベランダに一晩干してた。
それでもなお香る甘い匂い。最悪だ。

しかし着るしかない。
ブラウスは昨日とは違うけど、ベストとスカートは代わりがない。

バラの匂いに眉間にシワを寄せながら学校まで走った。


『おはよう!』
「名ってばギリギリ〜」


家が氷帝の近所な分、油断していつも予鈴前に到着する。


「あれ、名香水付けてる?」


いつもと違うわたしを不思議に思う友達。

彼女はわたしの右腕に鼻を寄せる。わたしも左腕で匂いを確認する。
一晩干して消えない匂いがたった10分そこらで消えるはずがない。
走ってきた汗の臭いがかき消されてるならそれはそれだけど。


「この匂い知ってる。なんだっけ?」


友達は首を傾げて、記憶の中からこの匂いを探す。

眉間にシワが寄る。あいつの狙いはこれだったのか。
多分あの強烈な匂いはわざとだ。移香狙いだ。


「男か!」


友達は眉間のシワを見てニヤニヤと笑う。


「そういうの興味がないと思ってたのに、匂いが移るぐらい、ふーん、へ〜」
『ご想像とは違うけどね』
「これ、跡部様の匂いじゃない?」


クラスの化粧バッチリのケバい感じの女子がわたしの匂いを嗅いでいた。

平静を装うが心臓はドキリと跳ね、冷や汗が出る。
市販品だとしたら……いや、あの目立ちたがりが市販品なんてつけるか?オーダーメイドだ。きっと。


「なんであなたから跡部様の匂いがするのかしら」
『それは……』


タイミング悪く予鈴と担任が教室に入ってきた。
弁解することなく彼女は自分の席に着いた。


いや、タイミング"よく"だ。
今、わたしは「昨日、生徒会室に居たから」と言おうとした。
跡部本人が言ったことが本当であれば、生徒会室に入ったことがあるわたしがイレギュラーだ。

その上、生徒会室にこの匂いが充満している事実は誰も知らない。
どう考えても移香があるくらいの距離にいたと考えるのが普通だ。


《明日が楽しみだな》
《俺様の元に来ざるえない状況になるぜ》

完全に跡部に遊ばれてる。
女遊びじゃない。あいつがやってるのはイジメだ。


空調のよく効いた教室でこんなに汗をかいてるなんてかなり異常だ。


「姓!聞いてるか?」


気付けば1時間目が始まっていた。
顔を上げると目の前に社会の先生が立っていた。


「大丈夫か?」


顔を見るなりギョッとして、オロオロと心配する。


自分の手を見れば血の気が引いて、手汗がシワの間で光っている。
きっと顔も白く、汗が浮かんでいる。


『すいません、保健室に行っても?』
「行っておいで。一人でいけるか?」
『平気です』


わたしは立ち上がり、教室の後ろの扉からフラフラと出て行った。
保健室に無事着けるだろうか。


壁に手をつく。
気を強く保たないと。これではあいつの思う壺だ。

半年だ。耐えろ。