跡部に送ってもらうなんて前代未聞の事態だとしても、ルーチンワークを乱されるわけにはいかない。

彼を引き止めて晩御飯の食材を買うためにスーパーに立ち寄る。
カゴを手に取り今日の特売品を手に取る。


当然跡部はこんな場所は初めてだろう。キョロキョロと中を見回し、すれ違うおばさん達が跡部の顔を見て頬を染める。


『あんまり商品に触らないでね』
「安すぎて不安になる」
『でしょうね。大丈夫、悪いものなんてないから』


コマ切れ肉や魚のアラを見て首を傾げてる。
見切りの傷のついた野菜さえも売る商売に感動し、惣菜にも興奮していた。
跡部にとっては辺境の地に行ったつもりかもしれないけど、わたしやその周りからすればこれは普通だ。
騒がないでくれ。ただでさえあんたは目立つんだ。


一回りして、安いものやら切れかけの調味料はカゴに入ってるはず。
卵が安かったし、今日はオムライスにでもしようかな。


「お前が晩飯を作ってんのか?」
『作るっていうか、一人暮らしなんだよね』


跡部が眉を寄せた。

ちょっとした親子喧嘩だ。
わたしは元々名古屋に住んでいた。だけど親がどうしても氷帝に入れたがり、一人暮らしを条件に氷帝に行くことを決めた。

当然、中学生で一人暮らしなんて許されることはない。
でも、あの妙に家柄や他人の評価を気にする家に帰りたくなかった。
あの家で思春期を過ごすぐらいなら、一人寂しい友達もいない思春期を過ごすことを望んだ。

親の持ち物のマンションで過ごすことを約束し、大学卒業まで家に帰らない。
金銭面は親の義務だからと全部出してくれている。食費もお小遣いも。
だけど、あの日の喧嘩をきっかけに実質、親と縁を切られてしまった。

今はわたしを知る人物なんて周りにいない。かなり居心地がいい。
そんな生活がもう5年。いやでも慣れる。


『まぁ、色々あってね』


跡部に言う必要なんてない。適当にはぐらかしレジに並んだ。


「俺様は名を知りたいと思う以上、いつかその話について触れるかもしれないが大丈夫か?」
『そこまで仲良くならないから』


一人暮らしをしている事実自体、跡部で初めてだ。
友達も知らないし、学校の書類にも単身赴任の父と暮らしていることになっている。


『悪いね、遅くなった』
「気にすんな、こっちは好きでやってんだ」
『あっ』


また手から荷物が奪われてしまった。


『重いからカバンだけでも返して』
「このくらいで根を上げるかよ。俺様からすればお前も軽いだろうな」


試してみるかとニヤリと笑われる。ご遠慮願おう。


スーパーからほど近いところにあるワンルームマンション。
エントランスでスクールバッグとスーパーの袋が手渡され、予想外の重さに少しふらつく。
それを見て跡部は運動不足だと笑った。


『跡部、なんでわたしなの。よりどりみどりだっていうのに』
「それさっきも話したじゃねぇか。まぁいい、お前が一人暮らしの理由でも話した時に教えてやるよ」


そう言って、跡部は背を向けた。


『跡部』
「なんだ」
『ありがとう』
「フンッ……いつもそれくらい素直だったらいいのにな」


離れていく背中はひらひらと手を振った。
見えないだろうけど、その背中に手を振り返した。

笑えるぐらいの恋愛ごっこだな。