つり目の生活
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▽2020/06/13(Sat)

恩師と連絡が取れなくなってしまった


高校の頃、世界史の先生に、私の書く文章をそれはそれは高く評価して貰っていた。と言うのも、その先生の授業は少し変わっていて、普通の世界史の授業ではなく、本来なら高校などでは教わらないような分野だったり、テーマだったりを時に映像作品として解説してくれたり、また時には音楽だったりして、それらを観て聴かせ、感想を求めると言ったものだった。

受験真っ只中の三年生に、エヴァやゴジラなどを丸々一コマ解説するような教師は、他に居ないと思う。

こうしたアニメから音楽、小説や絵画まで幅広く「サブカルチャー」に特化した人で、教え方や教えるものも特殊中の特殊だった。所謂「オタク」である

しかしながら、当時の私にとってはとてつもなくそれはそれは貴重な授業だった。恐らく自分一人では考え付かないことや、知ることすらできなかった情報を沢山沢山与えてくれた。それに対して、私は出来うる限りの感想や、自分の思想などを書き殴ったのだけれど、その内容や文体が先生にとってはドンピシャであったらしい。
ちなみに、ちゃんとした世界史としての授業自体は私は不出来だった。片仮名がとにかく苦手で、いつも追試ギリギリの点数しか取っていない。

如何せん、高校時代、とにかく友人が居なかった。彼氏は居たものの、彼は剣道部をしていたものだから、私は放課後比較的暇だった。
その時間を、全て社会科準備室に居る先生のもとを訪ねては、そういった情報と解説、また自分の中身についてひたすら語り合うという迷惑な生徒だった。

先生は、私を唯一の愛弟子だと、教師生活をもう30年近くやってきたが、私を超える生徒は居なかったと、よく肯定してくださった。

自分がこうして今だに文章を書き連ねているのも、先生のお陰だ。先生には、私の全てを話している

馬鹿なことをしたこと、家庭の話、恋人の話、普段のクラスでの自分の立ち位置、趣味の話、思想の話、セックスの話まで……

私も先生の半生を、殆ど全て聞いている。一生徒がとても聞けるような話ではない所まで、全て。お互い、本当に全てを話していて、それは当時の恋人をも越える密度で、私達はお互いを唯一の存在として、全て吐露し合ったのである。


高校を卒業してからも、定期的に会ったりしていたし、連絡は頻繁ではないけれど、それでも絶えることはしなかった。私がどれだけ期間を置いての連絡になってしまっても、必ず二日、三日には返信してくれるような恩師だった。

もう、定年退職をされて、60半ばから後半にかけてのお歳だ。

しばらく忙しくて、私達のメールのやり取りはいつも長文だったから、なかなか送れないまま一年近く経ってしまったのだが、ふと昨日思い出して、衝動的にここ数年の自分の修羅場を全て先生に話そうとした。

結構な時間をかけた、長い長い先生へのメールは、送ってからすぐに返事が来た。

「次のあて先へのメッセージはエラーのため送信できませんでした。」


激しい動悸と目眩。貧血はもうほとんど治ったはずなのに。

目の前が真っ暗になって、なんならチカチカと星が飛ぶ。

そう、お互いの関係性に一つ、忘れていたことがある。

上記にある通り、私は高校時代の友達は少ない。何度か同窓会もあったみたいだけど、当然誘われることもないし、そもそもグループにすら入れていない。連絡先は殆ど知らないし、それから引っ越した上に名字まで変わったりと、自分自身にも変化があったため、高校時代の旧友ですら、連絡を取れるのは片手で収まってしまう、

もし。

もし、先生に何かあったら。



最悪のことが起きていたら。



私は恐らく、それを直ぐに知る術を持ち合わせていないのだ。


現役時代、一度先生の住所を教えて貰って、年賀状を出したことがある。
しかし、その年賀状は、返ってこなかった。代わりに、メールが届いた。
「妻があなたに嫉妬しているため、年賀状さえ怪しまれましたので、メールにて新年のご挨拶失礼します」と。

無論、先生と私の間には、身体の関係は一切ない。

むしろ、それよりももっと深い繋がりがある。

物理的な裸よりも裸を見せ合っていると言っても過言ではない程までに、私達はお互いを曝け出して、生傷も古傷も情けなさも全部、全部見せ合っている。

裸を見せ合うよりももっと恥ずかしい、他人には見せたくない自分の中身を、奥底を。



その一件があって以来、私も住所を無くしてしまった。
以前も一度、先生のPCが壊れて連絡が少し取れなくなった事があったが、それでもメールアドレスはそのままだった為、届くには届いていた。

もし、またPCの故障だったりしても、そんなにタイミングが合うものだろうか。
何かあっても、私のアドレスに「メアドが変わりました」と連絡が届くはずなのに。


最悪の事態を想像してしまって、青ざめた。


それか、先生はもう、私の事を弟子とも思わなくなってしまったのだろうか……?


師弟の関係を切られたか、それともうっかり私のアドレスが飛んでしまったのか。
最悪、万が一…………


考えたくない。
どうか、どうかアドレスが飛んだだけであって欲しい。

私の趣味やその分野における知識、教養。そして文章に対する捉え方や継続力は、全て先生のお陰だ。

人間と、社会というものを見る目がついたのも先生のお陰なのだ。
私は今まで起きたこと全てを先生に逐一報告してきた。そして先生はどれだけ私の生き方やその時が愚かで、浅ましく、そして救えないような劣悪なものであっても、ただただ私を肯定し続けて、受け入れ続けてくれたのだ。

やはり貴方は、私の愛弟子ですと、あの言葉が支えだったのに。

あなたの肯定が無くなってしまったら、私の自信は何処で作ればいいのですか……。


どうにかして、今数少ない繋がりで先生の安否を確認している。
どうか、ただの行き違いでありますよう。


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