つり目の生活
mo

▽2021/02/16(Tue)
夕焼けは透明だ
少し前、実家に3泊4日ほど帰省して、その途中でかつての思い出の場所を訪ねた。
ふと、思い立った。衝動的だった

まだ私が高校生だった頃、制服を着ていた頃の話だ。当時、家族と折り合いの悪かった私は、家に帰りたくなくて、家以外の色んなものに依存したものだ。

かつての恋人、街、時間、空間。

昔よく訪ねた街は、かつての恋人の街でもあり、今はお互いその街に居ないし、連絡も取っていない。

正直、私がよく覚えているのはかつての恋人そのものではなく、ただその当時の街の匂いや、景色、そういったものばかりで、それらばかりが恋しかった。

あの頃見えていた景色は、十年経った今、自分にはどのように見えるのだろう。

何となく、そんな事を思って、実家を飛び出していた。

一人で、久々にあの街への路線に乗った。それも十年振りくらいだろうか。
もう乗ることは無いと思っていたあの電車も、何も変わってはいなかった。
いつも乗るホームの位置、降りる位置。
思い出せる限り、その通りに行動した。

久しぶりに降り立ったあの駅、あの街は、匂いは全く変わっていなかった。
十年前のあの頃と、何一つ、

しかし街の空気は変わっていなくても、様子は少しは変わっているらしかった。

前まであったものが無くなったり、新しく建てられたりしたものがあった。
駅前の大きなマンションは、私が通っていた頃はまだ見学ができます、みたいな感じだったのに、今はもうすっかりほとんどの部屋が埋まっていて、そこで人々が生活をしていた。

十年も経てば、街も流れる。

そして、昔の恋人といつか行こう、と約束していたギャラリーカフェに赴いた。
いつか行こうね、必ず行こうねと結んだ約束は、果たされることなく私達は終わってしまった。
四年半も付き合っていたのに、結局一度も行くことはなかった。
その当時は、ずっと一緒にいるのだからいつでも行けると思っていたのだ。
人との約束は、そんなことは無いとその時知った。

そのギャラリーカフェは、健在していた。

ある高級そうなマンションの1階、路面店として出しているそのカフェは、ギャラリーカフェとして展示品も常に出しているような店だった。
恐らく、そのマンションの住人が常連として来ているのが殆どだと思う。
中は思ったよりも白く、広く、そして値段も思いの外リーズナブルだった。
学生時代の私達には、メニューも無い、見た目の高級感から、きっとお高いのだろう、と少し寄りづらかったのもあった。
社会人になった今、まぁそこまででもあるまいとふらりと立ち寄った。
店内には、4、50代くらいの女性スタッフが二名、70代くらいの恐らく常連客が一人。
なるほど、これは若い人は来ないな、と思った。

展示されていた作品達は、絵画よりも手作りのような骨董品?のものが多かった。

部屋が二部屋に分かれていて、私は外側の方に座った。これは何度もあの街を訪れて、あのカフェを通る度に唯一外から見ることが出来た内装部分だったからだ。
あの僅かな部分だけでも、当時はとても焦がれて、惹かれて、いつか必ず行きたいと強く思っていた。


なるほど、内側から見るとこんな感じだったんだねえ。


丁度、時間も夕暮れ時で、夕焼けが綺麗に空を満たしていた。
強い陽の朱が、橙と共に空を映し、あんなにも鮮やかな色彩でありながら、何処となく透明にも見えるからあの街は不思議だ。
あの町に通っていた頃、あの景色を見続けていたあの頃、私は一番感性が鋭かった。
実家の地元も、あの街も、空気があまりにも澄んでいたから、私は透明な感性を持てていた。

とりあえず、注文したのはブレンドとチョコのパウンドケーキ。
どちらも味としては普通だった。
珈琲は酸味が強く、苦味も鋭かったため、私の好みではなかったけれど、それでももし当時だったらすました顔をして飲んでいたのだろう。

あの頃の約束を、私は自分の中で一人、果たした。

かつての恋人への未練なんて勿論無いし、彼への約束を「二人のもの」として果たしたつもりも無い。
これは、あの頃の生きづらく、もがいていたあの頃の私を救済する為の、「私の為」の約束を果たした。私のために、私だけのために。
だからもう、二人の約束なんてものは存在していない

それから、そのギャラリーカフェを出て、よく通っていた道を全て巡った。
初めてコンタクトを買いに行った眼科、よく食材を買いに行ったスーパー。
そして、夕陽がコンクリートに反映するのが好きだった、あの急な坂、広がる田畑。
坂の果てに見える、薄緑色の球体ガスタンク。
陽が沈むのも、あの球体ガスタンクの向こうだった。

夕飯と、お風呂の香りが混ざっていく、寮のような古いマンション。
隣接する公園は、誰も居なかった。

夏頃が、一番通っていたからだろうか。

訪れたのは、こんなにも寒い冬だと言うのに、私は歩きながら十代の夏を思い出していた。

茹だるような暑さ、気だるさ、スカートを折りシャツの袖をまくり、あの急な坂を二人乗りで降りて行く。
真っ赤な夕焼けを眺めて、家に帰りたくない、と思う日々。
数学の赤点補習が終わって、あの道を通る時、あのマンションのあの公園には、遊んでいた子供を迎えに行く母親達の姿があった。
私はそれを酷く懐かしく思い、そして羨んだことを覚えている、

あの頃見えたあの街は、とても、とても美しい街だった。私の青春で、実家の次に長く居た街だった。
あれだけ通ったのに、それでも一本、道を間違えかけた。

そして、昔不味い不味いと話していた石焼きうどんの店は、もう無くなっていた。
代わりに荷物を置けるシェルターのようなものがその敷地内いっぱいに出来ていて、あの馬鹿みたいに広い駐車場も無くなっていた。

嗚呼、この街は変わらないんだなと思った。
変わってなかったんだな、勿論変わった所もあるけれど、この懐かしい匂いが変わっていない。

変わってしまったのは私だったのか、


私は悲しいくらいに変わってしまった。けど、あの街に降りて、あの街を歩いてる時だけはあの頃の私に帰って来たようだった。
目に刺さる陽の光も、燃えるような赤い空も、薄紫の静かな夜の始まりも、少し青みがかった夜の闇も、あの頃と受け取り方は変わらなかった。
けれど、それを表すだけの力を、もうあの頃と同じようには持てないのだった。
それだけが、私の惨めさだった。

私は、あの頃の私をちゃんと救ってやれたから、今はそれでいいと思う。
いつか、また未来の私が、今の私を救いに来てくれることを祈っている。




category:未分類
タグ: