とっぷりと日が暮れ果て、任務を終えたサイヤ人達が次々と星に帰還する。傷を負ったものは治療室へ、疲労したものたちはそれぞれの家へ。行く先は様々だが、多くの戦士達が自然と集まる場所がある。

 扉を開くと、むっとするような熱気とアルコールの匂いが私を包んだ。屈強なサイヤ人達の足元をくぐり抜けながら、きょろきょろと辺りを見回す。
 サイヤ人の集落の一つにある酒場を訪れていた。美味い飯を食い、酒に酔い、色欲に溺れる。サイヤ人達はそうして血と戦闘の余韻に浸る。
 どこからか飛んできたチキンの骨を避けた時、ようやく見つけた目当ての背中に私は駆け寄った。

「トーマさん」
「んあ?」

 声をかけると、長髪を後ろで束ねたガタイの良いサイヤ人が振り返った。酔いが回ってきているのか、頬はうっすらと赤い。
 私が深く被っていたフードを脱いで笑ってみせると、男は嬉しそうに声をあげた。

「よお、来たのか。また少し背が伸びたんじゃないか?」
「えへへ、分かります?」
「勿論だ」

 笑ったトーマはジョッキをカウンターテーブルに置き、私を軽々と抱えて自身の膝の上に乗せた。当初は周囲から好奇の視線を浴びせられたものだが、今となっては見慣れた光景なので、誰もこちらに見向きもしない。
 トーマと出会ったのは、私が城の角で育てている野菜を調理場へ届けた帰りだった。
いつものように配給所へ寄り道し、そこで仲良くなった女のサイヤ人と立ち話をしていると、半ば絡むように声をかけてきたのがトーマだった。
 たまたま居合わせたらしいトーマは私の何がお気に召したのか、「気が向いたら来いよ」とこの酒場を教えて去っていった。
 術の特訓と掃除、栽培だけで一日を終えていた私は、危険な香りに身を惹かれた。彼のもとを訪れた私を予想外に好意的な態度で迎え入れたトーマは、私の中に根付いていたサイヤ人の完全悪なイメージを払拭した一人である。

「…おい」

 トーマが頼んでくれたフルーツの盛り合わせに舌鼓を打っていると、聞き覚えのない低い声に呼ばれた。
 隣の席に目を向けると、一人の男が眉を寄せて私たちを見ていた。トーマほどではないが体格の良いサイヤ人だった。頬に残る傷痕が、男が歴戦の戦士であることを物語っている。鋭く危険だが、どこか目が離せない不思議な空気の男だった。その顔立ちの良さからか、すり寄って来る女たちをあしらいながらトーマに視線を向ける。
 「どういうことだ」と暗に言っているのに気づいたトーマは、「バーダックは初めてだよな」とあっけらかんに言った。

「少し前、ギネと話している所に出くわしたんだ。見ての通り、あのイーアイ人だ」
「…確かに成長したらかなりの上玉になりそうだが、可愛がるにはガキすぎやしないか?」

 グラスを傾けたバーダックがそう言うと、「ば、馬鹿言うなよ」とトーマが狼狽えた。元から赤かった頬がさらに色づいたように思える。その珍しい様子に首を傾げると、気づいたトーマは乱雑に私の頭を撫ぜた。
 胡乱な目でその様子を眺めていたバーダックが興味なさげに鼻を鳴らした。

「仮にも王室抱えのイーアイ人がこんな所に出入りしてるなんてバレた日には、ただじゃ済まないだろうよ」
「いいじゃねえか、お姫様もたまには息抜きが必要だろ?」
「…お姫様?」
「ああ、こいつはイーアイ星の王女なんだってよ。まあ、本当かどうかは怪しいが」
「…トーマさん、まだ私のこと疑ってるんですか?」

 からりと笑うトーマをじと目で見上げると、「だってよ、仮にも王女の趣味が野菜を育てることだぜ?」と揶揄われる。権力のある者は贅を凝らすのが当然とするサイヤ人から見れば、王族が土いじりをするのは信じがたい事実らしい。
 私はため息を吐いて、隣で酒をあおり続けるバーダックを見やった。周囲には空になった瓶が散乱していて、屈強なサイヤ人は肝臓の出来もヒトとは違うのかと感心してしまう。
 視線に気づいた彼が目だけを私に寄越す。

「ご心配には及びません。出てくる時は注意を払っていますし、私以外のイーアイ人は皆、夜になると自室に篭って朝まで出てきません」
「……」

 眉を潜めたバーダックがトーマを見やった。何かを示すように一度瞼を伏せたトーマに、バーダックは僅かに考える素振りを見せる。やがてバータックは「…そうかよ」とぶっきらぼうに返した。
 葡萄を一粒口にした私に、「お前にもまだちゃんと紹介してなかったな」とトーマが微笑んだ。

「バーダックは、俺の所属するチームのリーダーだ。残りの奴らとはこの間会ったよな」

 私はそれに頷き、「そういえば」と切り出した。リーダーという単語に思い当たる節があった。

「セリパさんが以前、『遠征の度にうちのリーダーは死にかけで帰ってくる』と言っていました」
「ああ、それは間違いなくバーダックのことだな。医療班の奴らも感心してたぜ。今じゃ戦闘力は一万越えだし、回復力も流石のものだってな」

 感嘆の声を上げるトーマに、私は以前本で読んだサイヤ人の特性を思い出した。彼らは瀕死の状態から回復すると、大幅に戦闘力が上昇するのだ。

「すごいです。もしかしてバーダックさんなら、恵の術を受けても大丈夫かもしれません」
「…どういう意味だ?それは」

 尋ねるバーダックに、恵の術の欠点について説明した。術は患者の負傷が大きいほど比例して体力を削ってしまうこと。日頃、イーアイ人がその欠点のせいで治療の度にサイヤ人に強く当られていることも。
 話を聞き終えたバーダックは、「くだらねえな」と吐き捨てた。

「その程度のことでいちいち腹を立てるなんざ、戦闘民族の名が廃るぜ。そんな暇があるなら、一つでも多くの星を落とすことに専念するべきだ」
「エリートと名乗るわりに、おつむの方が足りてないらしい」

 バーダックの後にそう続けたトーマは、口寂しくなったのか私の皿からオレンジを摘んだ。
 彼らの嘲るような表情を眺め、この星の王制はどうやら一枚岩では無いらしいとぼんやり思う。

 そこでとあることに気づいた私は「ちょっと待ってください」とトーマに尋ねた。

「どうしてその患者がエリートのサイヤ人だと分かるんですか?私は何も言っていないのに」

 言うと、トーマが目を丸めて私を見下ろした。バーダックまでもが意外そうにしていたので私は困惑して二人を交互に見やった。
 少しの間があって、バーダックが私に問う。

「…お前、どうしてイーアイ人が王室抱えと呼ばれているか知らねえのか?」
「どうしてって…王室に直属で仕えているからでは?」

 滅びた一族への扱いにしては勿体ないくらい良い待遇だ、と続けると、彼らは顔を見合わせた。

 答えをじっと待つ私にトーマが口を開きかけたとき、すぐ外に覚えのある気配を感じた。
 私は慌てて深くフードを被り直し、身支度を整えた。どうしたんだと尋ねるトーマにぺこりと頭を下げた。

「すみません、お迎えがきたので帰ります。また来ますね」
「迎え…?」

 不思議そうにトーマが呟いた直後、別のサイヤ人のスカウターが生命反応を察知する機械音を立てる。
 トーマの膝から降りて間も無くして、店の入り口が開かれた。


 バーダックは我が目を疑った。開かれた扉の前に立っていたのが、あのベジータ王子だったからだ。
 突如現れた王子の姿に、店に居たサイヤ人達が騒めき出す。けれど王子はそれを気にも止めず、不機嫌そうに眉を潜めながら、周囲を見渡していた。
 その仕草は誰かを探しているようだった。バーダックは、王子の目当ての人物と今自身の足元に立っている少女をすぐに結びつけた。

「それでは、失礼します」

 少女は、バーダックとトーマに恭しく膝を折って頭を下げる。その所作は流れるように自然で、『彼女が王女である』という事実を裏付けているような気がした。

「…待て」

 踵を返す少女を不意にバーダックは呼び止めた。フードの隙間から、灰色に輝く瞳がバーダックを見上げる。
 バーダックには引っ掛かることがあった。スカウターが反応する前に、少女が人の気配を察知していたことだ。その上、少女はその人物がベジータ王子であると分かっていたようだった。観察眼と洞察力に優れたバーダックがそれを見過ごす訳もなく。

「…なぜ王子が来ると分かった」

 きらきらと光る純真な瞳を見つめ返し、バーダックは問うた。場合によっては例え年端もいかない子供だろうと、王の気に入りだろうと、“始末”は辞さないと鋭く目尻を細めた。
 けれど少女はただ一度瞬きをして、「…?感じるからです」とさも当然だとばかりに返しただけだった。
 バーダックは再び口を開きかけたが、入口の方の人垣が割れるように引いていった。その中心にいるのはベジータ王子だ。少女もそれに気付き、可愛らしく笑みを浮かべるとその波間に向かった。

 消えていく小さな背中を見送って、バーダックはカウンターチェアにどかっと腰を下ろした。

「惹かれるだろ?」

 黙って成り行きを見ていたトーマがにやりと笑った。

「あぁ?」

 眉間にしわを寄せたバーダックだったが、トーマは訥々と語り出す。

「最初にあいつに声をかけたのは、ただの気紛れだったんだ。あのベジータ王が囲っているイーアイ人の子供っていうんで、まあ暇つぶしにはなるだろうと思ってな。だが、今じゃ俺の方があいつにハマってるよ。ガキのくせに、男の本能みたいなモンを絶妙に煽りやがる」

「お前の言った通り、アレは将来化けるぜ」冗談めかしく言って酒を喉に流し込むトーマの横顔は、まるで血に酔っているときのサイヤ人だった。
 トーマの言うことは分からないでもなかった。子供らしくあどけない笑顔を見せたかと思えば、並の女でも顔負けの大人びた影を醸し出す。掴めそうで、触れられない。狩猟や闘争といった欲動が強いサイヤ人からすれば、ことさらに少女を魅力的に思うだろう。
 ともすれば、自分だけのものにしたいと願ってしまいそうになるほど。

「…だから今のうちに唾でもつけておこうってか?」
「よせよバーダック、俺はそんなに気が長くねえんだ。それに、未来のことより目先の快楽…だろう?」

 そう言ってトーマは自身にすり寄ってきた女の腰に腕を回し、絡むようにキスを交わし始める。外は夜も更ける頃で、店内のあちこちで危うげな空気が漂い始めていた。
 いつもなら自身も適当にその辺の女と夜を明かすが、今日のバーダックは食指がぴくりとも動かなかった。
 適当に酒を呑み下していると、ふとテーブルに放置されている皿が目に入る。あの少女が残していったものだった。
 バーダックはその皿から少女が食べていた葡萄を手に取り、口に含んだ。瑞々しい果実はすっかり温く、くらりとするような甘さだった。

夜もすがら