惑星ベジータには、私達イーアイ人を始めとする異星人が多く住んでいる。彼らはサイヤ人だけでは賄えない医療福祉や科学技術、食など様々な生活面を支えるため各々の星から送り込まれる。かつてツフル人を滅ぼし、サイヤ人だけで暮らしていたこの星は、フリーザ様と手を組んだことで、またかつての繁栄と国際性を築きつつあるらしい。

「はい、確かに受けとりましたよ」
 紫色の肌をした小さな異星人は、野菜の個数を確認して言った。
 いつものように畑仕事を終えた私は、城下にある調理場までやって来ていた。この調理場は惑星ベジータで最も規模が大きく、また宇宙中の珍しい食材が一挙に集まる場所である。現に部屋の隅に積み上げられたダンボールには、見たこともない食材がどっさりと詰められていた。
 ザクザクやら、ジュウジュウやら調理の音色が空間を交錯する。漂う芳しい食べ物の匂いについうっとりとしていたとき、「あのぉ」と服の裾を引っ張られた。料理人の黄色い瞳がきょろりと私を見上げる。

「お嬢様は作物を育てるとき、何か特別なことをしているんですか?」

「特別なことですか…?」唐突な質問に、私は意表を突かれつつも首を横に振った。

「いえ、特には」
「では、土自体に何か工夫を?」
「渡された肥料を使っているだけで…あの、何かありましたか?」

 じっと考え込む彼に訊ねると、私の不安げな表情に察して「あぁ、違いますよ」と細長い指を大きく広げて横に振った。

「お嬢様が育てられた食材が、大変に評判が良いのです。その食材で作った料理も、いつもより美味しいと褒められることが増えまして。ですので、私共としては、是非その秘訣を知りたいのです」

 そうは言っても心当たりのない私は、再び否定するしかなかった。
 彼は少し残念そうに「なにかあれば遠慮なくご連絡を」と穏やかな笑みを浮かべる。小さな体躯で大袈裟に腕を振り続ける彼に見送られ、私は調理場を後にした。
 すれ違う不思議な異星人たちを観察する道すがら、配給所の前へと差し掛かった。「寄り道せずに帰ってこい」という王子の言いつけが一瞬過ぎったが、結局足を止めて目当ての人物を探した。せめて挨拶だけでもしようと思ったからだ。
 その人は建物の奥にある扉から現れた。白く華奢な手から滴る血は、人ではなく獣の解体で浴びたものだ。私が声をかけようした時、ちょうど向こうもこちらに気がついて表情を明るくした。

「久しぶりだね!随分長い間顔を出さなかったじゃないか、どうしてたんだい?」
「ちょっと忙しくて。お久しぶりです、ギネさん」

 駆け寄ってきた彼女に微笑むと、ギネは大きな猫目を細めて「仕方ないなあ」と笑った。彼女はもともと、セリパが加わるよりも前にバーダック達と同じチームで戦闘員をしていた。けれどある時期から戦線を離れ、今は非戦闘員として肉の配給所で働いている。
 強さが全ての惑星ベジータでは、戦闘力が低い者や戦うことを苦手とする者は蔑まれる運命にある。現に彼女のような非戦闘員が、「突然変異」とか「サイヤの面汚し」と影で囁かれているのを何度か耳にした。肩身の狭い生活だろうに、けれどそんなことはおくびにも出さないで、ギネは愛嬌を振りまいた。

「仕事の方はどうなんだ?もうそろそろ班に配属されても良い頃じゃないか?」

 頬をかいて曖昧に唇に笑みをのせたが、どうやら上手くいかなかったらしい。ギネの顔がみるみる曇った。自嘲的な表情をしていたのかもしれない。
 トーマがいうところの“土いじり”は順調でも、本業の術の方はむしろ不調と言えた。
 暇さえあれば訓練を重ね、自分でも大分使いこなせるようになったと自負している。他のイーアイ人も、もう実戦に入っても良い頃だと言ってくれている。けれど肝心の女王の許可が、いつまで経ってもおりなかった。
 イーアイ人に関する全ての決定権は彼女にある。その王女に認めて貰えない限り、私は前に進めない。
 
「ギネさんは最近どうです?」重たい空気を打ち消そうと、妙に軽い調子で私は尋ねた。
「そうだなぁ、毎日同じことの繰り返しだよ。単調ではあるけど、以前の暮らしよりずっと良いよ。ここの皆も親切だしさ」

 ギネの視線が建物へ向かう。簡素で個性的な造りだが、なんとなく暖かみがあった。きっとここで働くサイヤ人は彼女のように穏やかで優しい心の持ち主なのだろうと漠然と思った。
 しばらく世間話を交わしていると、ふと彼女の目線が私の頭上へ向けられた。それを疑問に思う前に、私の身体が地面から浮かび上がった。

「なんだ、今日は持ってないのか」私の背負っている籠を覗き込んで、低い声がそう言う。

「バーダック!」
「よおギネ、元気だったか?」

 弾むような声を上げたギネにそう返したバーダックは、私の襟元を掴んでいた手をひょいと払った。
 慌てて転げないように身体を捻ると、「やるな」とバーダックが感心する。私は苦笑して、「これからお仕事ですか?」と戦闘服に身を包む彼を見上げた。

「ああ、ここからそう遠くない星だ。大人しい種族が住んでいるってのが残念だな」
「それなら、食糧持っていくかい?さっき届いたばかりなんだ!」
「いや、必要ない。どうせ夕方には帰ってこれるだろうからな」
「そうかい…それもそうだな」

 家に駆け戻ろうとしたギネが肩を落として笑う。バーダックは一瞬穏やかな表情を浮かべたものの、すぐにいつもの悪人面に戻ると「じゃあな」とギネの肩を労るように叩いて去っていった。その姿をぼんやりとギネが見送る。一心に注がれる眼差しは焦がれるような熱を含んでいて、私はひとり合点がいった。
 図らずも察した彼女の気持ちに、どうしたものかと考えあぐねていると、「恥ずかしいところ見られちゃったな」とギネが困った様に笑った。

「あいつは本当に酷いやつだよ。周りなんてお構いなしに、どんどん先へ行っちまう。一人だけ違う世界を見てるみたいだ」

 とうに見えなくなったバーダックの後ろ姿に目を凝らすギネ。
「辛く、ないですか?」口を突いて出た私の問いに、ギネは「そうだねえ」と明るい黒の瞳を空に向けた。

「あたしなんかじゃ、あいつの背負ってるモンを軽くしてやることも出来ないけどさ。でも、放っておいたらあいつ、もっと無茶やるだろうから。だから鬱陶しく思われようが、嫌われようが、側にいたいんだ。そんで、あいつが帰ってこようと思う理由の欠片にでもなれたら、あたしは果報者さ」

 切なそうに、けれど幸せそうに紡がれた言葉は私の心に奥深く染み渡った。

「引き止めて悪かったね。忙しいと思うけど、たまにはまた顔を出してくれよ。あんたのこともちゃんと待ってるからね」


 夕刻、城に戻ってきた私は花壇の前でしゃがみこんでいた。
 ポケットに手をつっこみ、麻の布に包まれた黒い小さな種を取り出した。帰り際にギネに貰ったこの種は、もとはギネが知り合いから譲り受けたものだったらしい。

「色々試してみたんだけど、芽も出なくてね。あんただったらそういうの詳しいだろうから、良かったら育ててやってくれ。なんの種なのかは分からないけど、食いもんじゃないことは確かだよ」

 ギネが言っていたことを思い返しながら、撒いてみたり直接土に埋めたりする。水の中で咲く花もあると聞いたことがあるので、生育環境は色々試してみるのがいいかもしれない。
 すっかり泥だらけになった服を叩きながら立ち上がる。王子に会いに行く前にシャワーを浴びようかと考えながら籠を手に取ると、足元に枯れかけの花が生えていることに気がついた。誰かに踏み抜かれたのか、茎もぽっきり折れてしまっている。
 しゃがみこみ、辛うじてピンク色を保つ花弁に手を添えた。意識を集中させると、瞬く間に花は息を吹き返す。

「植物なら簡単に治せるのになぁ」

 呟いて、光沢を放つ花を指でゆらゆらと揺らした。
 ふと目を隣に向けると、雑草が萎れていた。

「――――、」

 籠を放り捨て、私は勢いよく走り出した。宮殿を抜けて辿ったイーアイ人達の気配は、メディカルセンターに集まっていた。
 誰かとすれ違う度、全速で走る私を不審そうに振り返る。仮にも姫として、慎みある行為をすべきだと分かっているが、そんなことには構っていられないほど無我夢中だった。
 心臓がバクバクと踊る。緊張と興奮で血が沸き立つようだ。

 やがて見えた白い建物に入ろうとしたとき、入り口に立っていた研究員の一人が私を呼び止めた。
 
「ああ、お姫様。申し訳ないのですが、今はちょっと立て込んでおりまして」
「そんな!ちょっとで良いんです、お母様に用事があって…何かあったんですか?」

 ぜえぜえと息を整えながら中を覗くと、看護師やドクターが慌ただしく走り回っていた。落ち着いて耳を澄ませると、不穏な怒号も飛び交っているようだった。
 研究員は一瞬迷ったのち、「実は、」と難しそうな顔をした。

「昼に遠征で向かった星の民が、思いのほか手強かったようで。大きな星だったものですから、送り込んだ下級戦士達は大勢居ましてね」
「みんな怪我をして帰ってきた?」
「さようです」
「じゃあ尚更私も行きます。その人達の治療で何か役に立てるかもしれないもの」
「いえ、それが…メディカルマシーンもイーアイ人様方の救急班も手が空いて居られず…」

 そこで口籠った研究員は、どう説明したものかと視線を彷徨かせた。気まずそうなその表情に、嫌な予感がした。
 ぐっと唇を噛んで、顔を上げる。

「お叱りは私が受けます。なのでここを通してください」
「あ、ちょっと!困ります、お姫様!」

 研究員の傍をすり抜け、館内を突き進む。中に居た他の研究員が私に気がついてぎょっと目をむいたが、気にせず足早に前を通り過ぎた。
 使われている治療室はバタバタと人が出入りしていたのですぐにわかった。部屋から出てくる彼らは一様に狼狽し、何かに怯えているようだった。

 悲鳴が聞こえた瞬間、開放された扉に飛び込んだ私は呆然とした。

「やめ、やめてください!」
「黙れ、無能なアバズレが!!てめえのせいで余計に傷が悪化したぞ、どうしてくれんだ!?あぁ?!」

 戦士の一人が、泣き叫ぶイーアイ人の髪を掴んで怒鳴っていた。他のイーアイ人たちは黙って目を伏せていて、その光景を周りの戦士達はニヤニヤと笑いながら野次を飛ばした。言動からして上級か、中級戦士達だろう。
 メディカルマシーンの中で眠っている戦士達は、あまり深手を負っているようには見えなかった。それよりも、部屋の隅でうずくまっている他の戦士達の方がよほど重傷だった。多分、遠征で怪我を負ったという下級戦士達だ。
 ぶるぶると身体が震えた。目頭がカッと熱くなって、咄嗟に今にも叫び出しそうな口元を手で覆った。
 
「(こんな、こんなことって…――――」
「っ、おい!!」

 乱暴だが控えめ声で呼ばれ、振り返る。その男の顔を見て少しだけホッとしたが、男の足元に倒れていた別の男に気がついて駆け寄った。

「トーマさん!!これは…!」
「ああ、遠征で行った星でやられた…だが、なぜお前がここに居る?お前はまだ班に所属してないはずだ」
「そんなことより、バーダックさんの容体は?!」

 眠っている様子のバーダックの傍に膝をついて、脈や呼吸を確かめる。

「腹にレーザー銃を撃ち込まれて、血が止まらないんだ!多分内臓をやられてる。骨も数本イッちまってるよ」

 バーダックの腹部にガーゼを押し付け、止血しようと躍起になるセリパが言った。ガーゼはみるみる内に血で染まって、すぐに使い物にならなくなる。

「クソ、上級戦士の奴らめ!かすり傷一人で騒ぎやがって、こっちは命がかかってんだぞ!」
「やめろ、パンブーキン!!分かってんだろ、下手なことを言うんじゃねえ」

 鋭い声を上げるトーマに、パンブーキンは悔しそうに舌を打った。
 室内には、同じように重体の下級戦士達が沢山いる。迷っている暇はなかった。

「セリパさん。その場所を譲ってください」
「な、あんた何言ってんだい?」
「私が治療します」
「なっ!」

 目を見開いたセリパがトーマ達と顔を見合わせた。
「時間がないんです」強く言い切って、バーダックの腹部に手を添えた。それを掴んだ大きな手はトーマだった。

「やめろ。ここはガキの遊び場じゃねえんだ。まだ班に所属もしてない半人前のお前に、うちの隊長の命は任せらんねえ。それに患者の体力を消費するお前らイアーイ人の術じゃ、瀕死のバーダックには耐えらんねえよ」
「っじゃあ、このまま死んでしまうのを黙って見てろって言うんですか?!」

 射殺すような眼光で睨んでくるトーマを、負けじと睨み返した。セリパ達が戸惑いがちに私たち二人を見つめ、場には耳障りな上級戦士達の声が響いた。

「…うるせえなお前ら」
「バーダック!!」

 怠そうに瞼を開いたバーダックは、腹を庇いながら上体を起こした。額から垂れた血が頬を伝う。風穴が空いた腹部が一番重症だが、体のあちこちに負っている傷も消して軽くはない。

「…バーダックさん」
「トーマの言う通りだ。前にも言っただろ、お前らの術は受けない方がマシだと。…まあ、お前が体で払ってくれるってんなら実験台になってやってもいいけどよ」
「バーダック!あんたこんな時に、」
「…分かりました」

 静かに答えた私を、皆が見つめていた。

「もし失敗したら、バーダックさんの言うことをなんでも聞きます。考えがあるんです。患者の体力を奪わずに、傷を治す方法を思いつきました」
「…なに?」
「ただし動物相手に試した事は無いので、仰った通り実験台になってもらいます」
「ばかな!そんな条件のめるわけ、」
「黙ってろトーマ。そうだな、賭けはこんくらいじゃなきゃ面白くねえ…良いだろう。ただ俺にはちょいと不利だからな。もし俺が死んだら、てめえもその首俺に寄越せよ」
「っ、はい!」

 意気込んで頷くと、頬を吊り上げたバーダックは目を閉じた。
 大丈夫。大丈夫。絶対に死なせたりしない。
 祈るように組んだ両手を、バーダックの腹の上に乗せた。目を閉じて、バーダックではなく外界の“恵”の力に意識を集中させる。呼吸と共に入り込んだエネルギーは私を介し、指先を伝ってバーダックの中へ吸い込まれていった。


「傷が……」
「信じんねえ…」

 バーダック班の四人は、その光景に息をのんだ。
 か弱い少女が指先一つで、風前の灯だったバーダックの命を蘇らせている。星屑を溶かしたような髪がゆらめき、術を使う少女の肌はきらきらと輝いていた。
 トーマ達は状況も忘れ、ただ目の前の奇跡に魅入られた。
 やがて少女が目を開く頃には、バーダックの全ての傷は完璧に塞がっていた。

「具合はいかがですか?」

 頬にこびりついた血の塊を拭うバーダックは、青色に変化した少女の瞳を見つめ返しながら「なんともない」と言った。

「それじゃ分かんねえよバーダック。動けそうか?力が入らねえとか、なんか無いのか?」
「本当に“なんともない”んだよ。体に痛みもねえし、力は入らないどころか…むしろ漲ってる気がする」

 確かめるように手を握って開いたバーダックは、「賭けはお前の勝ちだな」と少女に意地悪く笑った。生死の境を彷徨っていたくせになんとも呑気な隊長だと、四人は脱力した。

「本当、バーダックもだけどお姫様も大した玉ね」
「ああ。いくら面識があるったって、他人の為に命張るんだからな。なんの得があるって訳でもなかったのに」
「えへへ、緊張しました」

 ふにゃりと照れたように笑う少女の頭を、トーマがぐしゃぐしゃと撫でた。
 和らいだ雰囲気の中、ふと少女の目が四人の背後に向けられる。急に強張った横顔に首を傾げると、立ち上がった少女は四人を通り過ぎて地面に膝をついた。少女の前には、少女によく似た一人のイーアイ人が佇んでいた。

「…お前は、自分が何をしたか分かっているのですか?」
「お叱りはお受けいたします。ですがお母様、私は後悔していません。私もイーアイ人の端くれとして、自分の誇りに従ったつもりで、っ!」

 バシン、と乾いた音が残響した。少女が母親に頬を打たれたのだ。
「っおい!」と咄嗟に声を上げたトーマを、バーダックが手で引き留める。反論しようと振り返ったトーマは、バーダックの顔を見て口を閉じた。何かを考えこむような目で、バーダックは少女の母親を見ていた。

「…お前は、なにもわかってくれないのですね」

 淡々とした声でそう言った母親の整った唇が、微かに戦慄いている。けれどそれは見間違いかと思うほど、すぐに平静を取り戻し、少女に「早く出ていきなさい」と告げた。
 いつの間にか室内には沈黙が落ちていた。あれだけ大騒ぎしていた上級戦士達も、今は黙ってことの成り行きを見つめていた。

「――何事だ」

 叩かれた衝撃で倒れ込んだ少女が立ち上がると同時、治療室の扉が開かれた。室内に居た者が一斉にそちらに目を向け、慌てて頭を下げた。
 供を引き連れたベジータ王が、冷酷な眼差しで戦士達を見下ろしていた。

夜もすがら