君には届かない


「目をそらさないでください…!」

ボロボロとこぼれる涙は宝石のように美しい。泣いている彼女の白魚のような手は俺の血で塗れている。

「すず、もう、いい。」
「よく、ありません…!喋らないで!」
「もう、いいんだ…。」

自分のことは自分が一番分かっている。この命はもう消えかけていた 。

「もういい。君が手を汚す必要なんて、ない。」
「ファルシュさん!!」
「巻き込んで、すまなかった。」

止まることを知らない血液が鈴の服を汚す。ああ、君が穢れてしまう。

「、私の目を見て!」
「ぐっ、」

痺れをきらした様子の鈴が傷口に爪をたてた。俺のうめき声に自分が何をしでかしたのか気がついたらしい鈴が慌てて謝る。流石に今のは痛かったな。

「同じことをもう一度、私の目を見て言ってください。…私から目を逸らさないで。」
「それは、」

言えるわけがない。俺は君を置いて逝きたくない。君の隣に、いたい。

「俺は、」

君を――、

「すず…!」
「きゃっ!?」

残った力を振り絞り鈴を遠くへ押しやる。パシュッとサイレンサー付きの独特な銃声が聞こえたかと思えば身体に走る痛み。

「がハッ…!」
「ふ、ファルシュさん!」

ボタボタと鮮血が滴り落ちる。致命傷ではないものの、この体には十分な攻撃だった。

「はー、はあ…っ、」
「ファルシュさん!」
「寄るな!」

滅多に出さない怒号にビクリと鈴は肩を揺らして恐怖を顕にした。ちがう、そんな顔をさせたいわけじゃない。

「鈴、今すぐここから離れるんだ。ここは危ない。」

さあ、早く行け。俺を置いて行け。バーボンのとこへ、早く。

「わ、わたし、」
「――ベル、」

彼女の本当の名前を呼べば彼女の瞳が揺れ始めた。教えられても日常では1度も呼ばなかった本当の名前。それを呼ぶ時は本当に結ばれた時か、死ぬ時と決めていた。……今が、その時だろう。

「ベル、ここは危険だ。君がいても俺は守れない。…はっきり言おう。邪魔だ。」

邪魔だと言えば、赤い瞳が潤んだ。キュッと一文字に結ばれた口元が泣くまいと耐えている何よりもの証拠だろう。

「ベル、はやく、ぐ…っ!」

今度ははっきりと銃声が響いた。つまり俺の死をはっきりさせるまでは俺を狙うだろう。ならば、俺がやることはただ一つ。

「ベル!行け!走れ!!」

俺の言葉に弾かれたように走り出す鈴を見送ってその場に倒れる。ドクドクと耳元で聞こえる心音がうざったい。ザリっと瓦礫を踏んだ音が聞こえたが、生憎視界はもうなかった。

「まさかあなたが生きていたとはね。キュラソーも生きているのかしら?」
「さあ、ね。」
「今の子はあなたのエンジェル?」
「あいつは、無関係だ。」
「それを決めるのは組織よ。貴方じゃないわ。……けれど、そうね。」

ベルモットはそこで言葉を区切り、何かを考え込んでいる。ああ、早くしてくれよ。

「あなた、私のエンジェルたちも守っていたのよね?」
「ああ…。」
「そう。……ならあの子は見逃してあげる。」
「あなたの命と引き換えに、ね。」

ガウン!とひときわ大きい銃声が響く。貫かれた痛みはもはや感じなかった。

「す、ず……、」

最期に伸ばした腕は君には届かない。

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