矛盾だらけでも生きてる


その日の夜。カシャッサはペンギンたちの泳ぐ水槽の前に立っていた。昼のショーとは別に夜のショーを見に来たのだ。夜のプログラムは観客参加型のクイズイベントで 、正解者にはペンギンぬいぐるみがプレゼントされる。ただし、カシャッサ本人はぬいぐるみに興味はなく、ただの気まぐれで夜も参加していただけだった。

次々とクイズが出される中、カシャッサはただただその光景を見ていた。
子供の中に混じって答えている大人も多いということは、ぬいぐるみが欲しいのだろうか?
あれのどこに欲しがる要素があるのかさっぱり分からない。日本人は限定という言葉に弱いんだっけ、と、どこか他人事のように考える。……まあ、今は日本人じゃないしな。

そんなことを考えているうちにイベントの終了時間を迎え、一気に出口方面へ人が流れていく。
その流れにのらず、カシャッサはペンギンをいつまでも眺めていた。

「(見られている……。)」

例の飼育員が、忙しなく顔色を変えながら自分を見ている。水槽のペンギンしか見つめていなくても、場の雰囲気と熱い視線がカシャッサを取り巻いていた。これ以上の長居は無用だと踵を返そうとしたその時――


「あ、ああ、あのっ!」
「…なにか?」
「え、えっと、その……よかったら!受け取ってもらえますか!?」
「…は?」

――勢いよく藤間から差し出されたのはイベント景品のぬいぐるみ。急に声をかけてきたと思えば、……なぜ?自分はクイズに参加していないのに。

「えっと、あの、いつもペンギンたちを見ているので、お好きなのかと…で、でも、人前に出ていくのが嫌で先程のイベントには参加できなかったのかな、などと推測しまして…えと、それで…」
「ああ、」

そういうことか。見られているのは百も承知だったが、そう見て取れたのか。
ここで否定するのも面倒だし、素直に貰って姉にでも譲ればいい。盗聴器、発信機の類を調査してからになるが、時間もさほどかからないで終わるだろう。

「いや………いただいてもいいのだろうか?」
「はい、ぜひ!残り一匹で、このままひとりぼっちは可哀相だと思っていたので!」
「ひとりぼっち……か」

ポツンと物悲しく残されたぬいぐるみに誰を投影したのだろうか。自分か、姉か、それとも、

「え?えっと…」
「ああ、すまない。じゃあありがたく……………おい?」

さっさと受けとって帰ろう。そう思っていたにもかかわらず、藤間の手はぬいぐるみを掴んだまま固まってしまっていた。手を離さない当の本人は自分の奇行に目を白黒させている始末。……そういえば、このぬいぐるみは限定品だったな。

「えっ、あ、やだ、ごめんなさい…!つい…」
「…………本当は、自分が欲しい、とか」
「!!!」

まさかの指摘に目の前の彼女は顔を真っ赤に染めあげる。完成度の高いぬいぐるみを欲するということは、それ程までに彼女はペンギンが好きなようだった。

「そ、そんな、スタッフだからってわざと一つ残して持ち帰ろうとか、お、思っていなくて…いえ、出来れば欲しいなと思っていたのも事実ですので、心のどこかで残す気でいたのかも…で、でも、そんなことは許されない行為でして…!」

早口で捲したてる彼女に思わず笑いそうになるが、そこは自慢の鉄仮面。表情筋はピクリとも動かなかったため事なきを得た。そして、そこで欲が出た。

「落ち着いてくれ。…では、こうしよう。」
「はい?」
「これは、俺が一旦貰う。
そして、君はあそこの売店でもうひとつペンギンのぬいぐるみを買う。」
「…え?」
「君が買ってきたら、ぬいぐるみを交換しよう。
…この限定ものが欲しいんだろう?」
「えっ、えっ?」
「…あまりペンギンには詳しくないんだ。
おすすめの種類のぬいぐるみをひとつ、飼育員である君に選んできて欲しい。」

何を馬鹿なことを。断られたらどうするつもりだ。
内心で呆れかえっていると閉館を知らせる音楽が聞こえてきた。
……どうやら水族館通いもここまでか、と、どこか寂しくなるような気がしていたが、彼女が急にメモ帳をポケットから取り出した。

「あ、ああ、あのっ、今日はもう閉館時間で…ショップも閉まってしまったので…
べ、別日に用意します!だから、これっ!私の連絡先です!!ここに、次お会いできる日の連絡をください!!」
「…」
「出口まで、お見送りしますね!こちらへどうぞ!!」

半ば押し付けられるようにして、彼女の名前と連絡先が記載しされているメモ帳とぬいぐるみを持たされる。
気まずい無言のままゲート付近まで見送ってくれた彼女に軽く挨拶をしてゲートを抜けた。

「れ、連絡、待っていますので…!」

パタパタと駆け足で遠ざかる彼女を見つめ、目を細める。小脇に抱えたぬいぐるみが今日の約束を主張して、心が重たいような気がした。

「………どうするか」

彼女といる自分は何かがおかしい気がした。
まるで……、そうだ。■■■のときを思い出すんだ。あの、幸せな明るい俺が。捨てた過去が、疼くのだった。




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