独白





 時折、私は太宰さんが憎くなる。
 だけど、それ以上にそんな太宰さんに応えようとする自分に嫌気がさすのだ。

 首筋に寄せられた栗毛を撫でる。母親が子を撫でるように、優しく、優しく。そう思い浮かべてもぎこちない動きになってしまうのは自分が母親に愛してもらえなかったからなのだろうか。
 私が身動きをするたびに逃がさないとばかりに強く掻き抱く彼は一体どの幻影を見ているのだろうか。母の名を呼ぶ日もあれば私が知らぬ名を呼ぶこともある。彼はどうしてこんなにも追い詰められているのか。太宰さんはこの世界を酸化しているという。その酸化した世界とやらは、私には到底理解できるものではない。
 私では彼を救いあげることも、殺すこともできない。だから私は、彼が求める誰かになるしかないのだ。彼の世界もわからない、彼の求める死も与えられない私が、私を見て、とは口が裂けても言えなかった。
 私は貴方のそばに居たい。今いる場所を失いたくはない。例えこの身が嫉妬の炎に焼かれ苦しくても貴方を失うくらいなら心を殺してもいい。貴方を世界に留める楔になりたい。
 だけど、この時ばかりはどうしても太宰さんが憎い。今目の前にいるのは私しかいないのに、どうして幻影ばかりを追いかけるのか。私を私と認識しない太宰さんが憎い。母に似ている自分の容姿が憎い。母を好きになってしまった太宰さんが憎い。憎い!憎い!憎い!
 それでも、結局のところ私は太宰さんが好きだ。愛している。だからこそ、どんな形でもいい。必要とされることに喜びを感じている。それが大嫌いな母の身代わりであったとしても。



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