「(ごめんなさい。)」

 杏の口から音にならない言葉が滑り落ちる。彼女の右手にしっかりと握られた拳銃は中也の心臓に向いていた。

「おい、なんの真似だ?」
「……、」
「なんとか言え、っ!」

 パンッと乾いた発砲音が響く。杏は中也の足元に向けて撃つことで動くなと警告したのだ。

「はぁ……、俺を騙していたってわけか。」

 その問いかけに対し杏はやはり無反応で中也は頭を悩ませた。そして彼女の異能力について思い出す。

「ああ、そうか。手前、今の状態じゃ話せないんだったな?……なら、首だけでいいから質問に答えろ。できるな?」

 中也の言葉に杏は少し思案してから縦に首を振った。

「手前は俺を騙していた。そうだな?」

 躊躇いがちに縦に一回。騙すつもりはなかったとでも言いたげだった。

「俺にあの時接触したのは上からの命令か?」

 違うと横に何度も振り激しく否定する。ならば――、

「……俺との関係がバレたんだな?」

 一拍の静寂と彼女の今にも泣きだしそうな顔。それが答えであった。
 ポートマフィア幹部の中原中也の恋人――それが杏の肩書きのひとつでもあり、秘密にしなければならないものである。その秘匿事項がどこからか露見してしまい杏は窮地に立たされていた。
 元々杏を囲っていたマフィアは極小であり彼女の力が無ければ今頃廃れていただろう。彼女が極小マフィアを急成長させた要であり今後の安定した供給ラインであることに間違いはない。そんな彼女が格上のポートマフィアと繋がりがあるのならば、それを利用し組織を大きくしようと企んだ。時機を見て傘下に下るのでもいいだろう。
 最初はそのはずだった。しかし人間とは欲深い生き物である。大人しく傘下に下る計画はいつの間にかポートマフィアの失脚に目的が変わってしまった。当時の杏が中也との接触を避けがちになったのはその所為だった。
 結局のところその計画が実行される前に武装探偵社の手によって杏は救出され、マフィアも崩れ去った。だが、残党というものはどこにでもいるもので、二人が対峙している理由もその残党によるものだった。
 武装探偵社の一員である杏がポートマフィア幹部の中也を殺すことで、武装探偵社とポートマフィアの潰しあいをさせようという魂胆らしい。
 なんと馬鹿らしいと捨ておくこともできたが、人質は祖父の命だ。自分の命ならまだしも祖父を見殺しにする事はできない。だからこそ、ここまで従ってきた。その結果が中也を殺すことになっても。



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