「まさか手前が仕組んだことじゃねぇだろうな?」
「そうだけど?あのまま中也が死ぬんじゃないかと思って楽しみにしてたのに……。」
「やっぱ手前は一回死なす!」
「ええ?死ねるのは嬉しいけれど、私は美女と心中したいよ。」
「勝手に言ってろ!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う2人を横目に杏はただただ呆然としていた。なぜ太宰がここにいるのかはわからない。けれども中也を殺せない所為で祖父の命が危ないという事だけは理解していた。

「う、……ぇ、だ、い、さ、」

 キンキン痛む耳と頭のせいで未だに口が回らない。それでもこの焦燥感を口に出さずにはいれなかった。

「うん?どうしたの?」
「おじ、さ、まが、」
「ああ、大丈夫だよ。もう終わったからね!……ってこの声聞こえてる?その顔を見るにまだ余韻が酷そうだけど。」

 もう少しで収まると思うよと呑気に笑う太宰に杏は益々状況が分からなくなっていた。今にも泣きだしそうな彼女に、だ、い、じょ、う、ぶ、と分かるようにゆっくりと口を動かせば、ほっと息をついた。そしてこの時に太宰はネタばらしをしていない事に気がついたのだった。

「あのね、杏くん!これ、入社試験なんだよ。」
「あ!?入社試験だァ!?」
「……?」
「あれ?まだ聞こえない?これは与謝野さんに見てもらって方がいいかもしれないなぁ。」
「青鯖、手前ちゃんと説明しやがれ!入社試験ってなんだよ!杏は無事なんだろうな!?」

 怒りに任せ太宰の胸ぐらに中也は掴みかかる。恋人の命が危険にさらされて冷静になれるほど中也は冷酷な人間ではなかった。

「えー、なんで私が蛞蝓なんかに説明をしなくちゃいけないんだい?」
「手前のせいで杏が死ぬかもしれなかったんだぞ!?巫山戯んのも大概にしろ!!」
「太宰、さん?」
「うん?なんだい?」
「あの、入社試験って、本当ですか?」
「そうだよ。合格おめでとう!今から君は立派な武装探偵社員の1人だ。」
「だから、手前はちゃんとした説明を、」

 中也の言葉は、パアンという子気味良い音によって遮られた。それはいつの間にか立ち上がっていた杏が太宰の頬を叩いた音だった。叩かれた本人も胸ぐらを掴んでいたはずの中也も理解が追いつかず呆然としている目の前で杏はボロボロと大粒の涙をこぼしていた。祖父が殺されずに済む安堵感。中也を殺すことなく事が終わった達成感。そして自分が死ぬかもしれない恐怖感。様々な感情が杏の中を巡っていた。
 その中でも一際大きかったのは太宰への怒りだった。これが入社試験?何かの間違いではないのか。間違いでなければ杏は太宰のシナリオ通りに動いていたというわけになる。



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