「ま…っ、まって!中也さん!」

 何度も掴み損ねたコートが初めて杏の指先を掠める。逃してなるものかと彼女は必死に腕を伸ばし掠めた黒を追いかけ握りしめた。

「わ、私、貴方と一緒に居たい!居たいけれど、貴方に迷惑はかけたくない!」
「……俺は一言も迷惑だなんて言ってねぇだろ。」
「だけど私は結局貴方に迷惑をかけてしまった!……これ以上私は中也さんに迷惑をかけたくない!」

それは杏の心の底から溢れ出た本音だった。けれどもそれ以上に杏は中也を手放したくないと思っていた。

「でも、私は、貴方と一緒に生きたい!ずっと貴方の隣に置いて欲しい!私を、私だけを……!」

 ああ、言ってしまった。なんて身勝手なんだと杏は嫌悪した。こんな女、見捨てられて当然だと思えば止まりかけていた涙が再び頬を滑り落ちる。それでも、彼を引き留めたい。その一心だった。

「……本当に馬鹿だな、手前は。嫌だと言われようが手前を手放すなんて事 、俺にはできねえよ。」

 その言葉と共に中也は杏を強く掻き抱いた。

「手前の事を1番にできる男じゃねえが、そんな俺でいいと言ってくれるのなら、」
「中也さんじゃないと嫌です!」

 中也の言葉を遮って杏は彼の背に腕を回し強く抱きしめ返す。杏はこれ以上何かを諦めるのは嫌だった。あの地獄の日々で手に入れた初めての希望。それが彼だったから。

「愛してる、杏。」
「わ、私も、愛してます……!」

 2人は互いの存在を確かめ合うように強く強く抱きしめあった。二度とこの温もりを離さないように心に誓って。
 そして、その様子を忘れ去られていた太宰にからかわれるのはまた別の話である。



ALICE+