待ち人





 約束をしていた。迎えに行くと微笑んだ彼の顔が忘れられない。希望がないあの場所で唯一の希望だった。ただただ彼を待ちわびた。助けられた後にさらなる地獄が待っているかもしれない。それでも目の前の希望に目が眩んでしまったから私は彼の手をとってしまったのだ。
 しかし私を拾い上げたのは結局彼ではなかった。彼が迎えに来るより先に見知らぬ男が迎えに来てしまったのだ。彼らはお爺様に頼まれたと言っていた。ああ、なんだ。私の王子様は、貴方じゃなかったのね。私が待ちわびた貴方は来てくれなかった。私は貴方以外の手で外に出てしまった。望んでいた希望のはずなのに色褪せ霞んで見えるのは私の希望は外の世界じゃなかったから。きっと、私が望んでいたのはあなたの隣だったのね。……ああ、きっともう会うことはないでしょう、私の王子様。黒い帽子が脳裏に浮かんでは消えた。



「元気そうだなァ?」

 聞きなれた、けれど忘れそうになっていた声が聞こえた。好戦的な笑みを浮かべる彼は相変わらず黒い帽子を被っているようだった。

「(中也、さん……、)」

 彼の名前を呼んでも音は出ない。今の私は足を使っているのだから当たり前か。

「まさか探偵社にいるとはな。道理で探しても見つからねえわけだ。……真逆、手前、探偵社のスパイだったのか?」
「(違います。)」
「ハッ、だろうな。じゃなきゃあんな顔で助けなんて求めねぇだろ。……遅くなって悪かったな。」

 貴方が悪い訳じゃないでしょうとは何故か言えず口を噤む。……ずっと、待ってたのに。

「私、待っていたの。ずっと、貴方が迎えに来てくれると信じていたわ。」

 声を出せば足が機能しなくなりその場に崩れ落ちるように座り込む。瓦礫や小石が刺さって痛い。けれどそれ以上に心が痛かった。

「待っていたの。嬉しかったから。初めて持てた希望だったから。嘘でもいいから信じたかった。」

 じわりと視界が滲む。私の吐露に彼は何も言わなかった。表情も帽子に隠れて見えない。ああ、不安だ。私は騙されていたのかもしれない。彼だってマフィアだ。それも名の知れたポートマフィアの1人。だからこそ、私は助けを求めた。つまりあの時の自分を呪う他ないのだ。……それでも、今でさえ、私は彼に縋りたい。私は探偵社では生きづらい。自由な生き方を知らないから。だから――、

「ねえ、中也さん。もし、……もしもよ、まだ貴方を待っていてもいいのなら、」
「杏さん!伏せて!」
「グ……ッ!?」

言葉通り伏せればビュオっと上を何かが通り過ぎた。あれは、

「敦くん!?」
「杏さん、無事ですか!?真逆ポートマフィアがいるとは思わず離れてすみません!」
「チッ、邪魔が入ったな。今日は手前に逢いに来ただけで殺り合うつもりはねえ。撤退させてもらう。」
「ま、待って!中也さん!」
「約束は絶対果たす。それまで待ってろよ!」
「中也さん!!」

去りゆく背中に手を伸ばしても届かない。縮まらない距離に涙がこぼれ落ちた。

「どうして、」
「ん?」
「どうして助けに来たの!」
「えっ!?」
「助けてなんて、言ってない!私、私は……!」

 嗚咽で言葉が紡げない。ボロボロと頬を伝って流れていく涙はなんの涙なのだろうか。嬉しさ?悲しさ?悔しさ?

「ああ……っ!中也さん……、」

 今すぐ私を連れて逃げてよ。私を貴方の隣に置いて。私が迎えに来て欲しいのは、貴方だけなのに。

「えっ、ど、どうしよう……!?」
「こんな所に居たのか!探したぞ!……おい、これはどういう状況だ?」
「く、国木田さん!」
「……私の事は、放っておいてください。私は、……私は!」
「はあ…、事情は後で聞く。帰るぞ。」

 ぐいっと視界が引き上げられ、国木田さんの顔が近づいた。抱えられている。それもお姫様抱っこで。恥ずかしいので抗議をしようと思えばバサりと何かをかけられる。

「汚れていてすまないが人にその顔を見られるよりは善いと思うぞ。」
「なんですか、それ。」
「声を出す以上歩けもしないだろう。」
「なに、それ。」
「俺は何も見ていない。もちろんコイツもな。」
「うぇっ!?あ、はい!み、見てません!僕はなにも!」

 その返答に満足したのか国木田さんは歩き始めた。その後ろを焦った敦くんが追いかけているのだろう。それにしてもこの男は私を慰めているつもりなのだろうか。

「慰め方、下手すぎです……!」

 それでもゆるゆるの涙腺は閉まらず涙と嗚咽は溢れるばかり。きっと探偵社に戻ったら色々聞かれるのだろう。その前に泣き終わらなければ。そう思いながら被せられたベストをぎゅっと握りしめた。




ALICE+