あの日





 寝台に横たわる彼の白い首に手をかける。このまま力を入れていけば彼の息はいずれ止まるのだろう。そんな生命の危機にも関わらず彼が目覚めることはなかった。
 本当に絞め殺せそうだとどこか他人事のように思う。それでも私の頼りない体に彼の生死が確かに握られていた。
 自分の手で転生させた彼を自分の手で絶筆させたとなれば、どうなるのだろうか。きっと司書としてはもちろんのこと、アルケミストとしての仕事はやめさせられるのだろう。けれどもここにしか居場所がない私がそこまでする理由はない。なら、どうして私は彼を殺そうとしているのだろうか。
 それはきっと自分が無力で弱いからだ。私はみんなをただただ見送って出迎えることしかできない。うまい采配を揮うことも、新たな文豪を確実に転生させることも難しい。なによりも耗弱した文豪を見るのが辛い。浸蝕者との戦いではいつも肝を冷やしてしまう。
 私には彼らを守る力がない。このままではいつか浸蝕者によって彼らは絶筆してしまうだろう。だったら、辛い思いが少ない時に私の手でなくしてしまおうと思ってしまったのだ。

「……バカみたいよね……。」

 首に添えていた手を外し静かに寝台から離れる。結局芥川先生が起きることはなかった。



「……あのまま絞め殺してくれればよかったのに、って言ったら怒られる……いや、彼女なら泣くんだろうなぁ……。」



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