秘密





※×人魚姫設定




「君がしくじるだなんて珍しいこともあるものだねぇ。」
「そうね、自分でもそう思うわ。」

 呑気に微笑んでいる彼の見慣れた砂色のコートは乾いていた。今日は入水せずに別の死に方でも試していたのだろうか。

「焼き殺してしまう程恐ろしいものでも見たのかい?」
「保護対象を殺すつもりは一切なかったわよ。」

 それに実際は殺してはいない。けれど、連れてこられなかったから失敗は失敗。だけどきっとこの人の目はあんなお粗末な身代わり死体では誤魔化せないだろう。

「そう?身元がわからなくなるまで焦がすなんて珍しいから、私、とーっても心配してるんだよ?」
「私に問題はないから大丈夫。心配しないで。いつも通りよ。」

 ふーん?と不思議がる彼の目元は笑っていない。明らかに疑われている。けれど私から答える義理はない。全員にバレるまでは知らぬ振りを決め込むだけだ。

「何も無いなら帰ります。太宰さんはしっかり仕事してくださいね。」
「えぇ…、嫌だよ。」
「国木田さんに怒られれも知らないから。」

 そう口には出したものの国木田さんはいつも怒っているし正直太宰さんには効果はないというか……。まあ、国木田さんが疲れるだけなのだけれど……。

「ねえ、雪乃。あれは君の意思で行ったことなのかい?」
「さあ?どうかしら。」
「偶発したにしては燃やしすぎだ。隠すならもっと加減しないと。」
「懇願されたの。同じ女としては頷くしかないお願いだったから遂行しただけ。」
「君、いつからそんなに優しくなったんだい?本当に雪乃?」
「貴方には分からなくていいわよ。女泣かせの太宰さん。」
「え、ちょっと!」

 扉を閉める前の太宰さんの焦った声にちょっとした優越感を感じた。ふん、いい気味よ。私が知らないとでも思っているの?あの女から散々聞かされてたわよ。……まあ、その内容が理解できるようになったのはここ2,3年の話ではあるけれど、ね。

「『待っている人がいるの。』かあ……。」

 待っている人がいる。迎えに来てくれると信じたい。それが嘘であったとしても最後まで信じたい。

「ほんと馬鹿みたいね。」
 
 夢見る女性も絆された私も。恋焦がれた相手を一心に待つ彼女に、昔の自分を重ねてしまった。置いていかれたあの日の私がそこには居たのだ。だから私は無意識に頷いてしまった。
 それに柄にもなく思っているのだ。会えるといいわね、私みたいに。って。



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