明日の予定



「はぁ……、ただいまぁ……。」

 あの楽しかった日々から既に一ヶ月が経過し私は仕事と家の行き来をする生活を送っている。今日も定時に上がることはできず家に着いたのは二一時過ぎ。終電で帰っていないだけマシだろう。動画投稿も以前より更新スピードは落ち視聴者からは心配の声が上がっているのは知っている。そしてこの間連絡先を交換したTOP4の皆さんからもちらほらメッセージが送られてきて少しだけ嬉しくなった。
 そしてつい先日、五人実況の動画を投稿した。反響は大いにあり賛否両論も多い……と思われたがこれが意外と少なかった。勿論、否定的な意見がないわけではないが大半のコメントで私の存在も面白いと言われており安心した反面そのおかげでいきなり登録者数が増えたのも事実。過去動画の閲覧数が急に増えたのは一種の恐怖であった。

「今日は日付変わるまでには編集終わりそう、かな。」

 スーツを脱いでお風呂へ一直線。お風呂から上がったらご飯を持ってパソコンの前へ。こんな姿、絶対に牛沢さんには見せられないなと思いつくあたり本当に私は彼が好きなようだ。

「もう一ヶ月前か。早いな……。」

 あの時はめちゃめちゃ楽しかったなぁと思い出すがどう頑張ってもレトさんとのやりとりが頭から離れない。牛沢さんが独身だなんて信じてもいいのかな。そう悶々と考えていれば個人携帯から流れた着信音。こんな時間に誰だろうと思いながら名前も見ずに画面に指を滑らせる。

「はい、笹森です。」
「お、ほんとに出た。」
「……は?」

 電話越しに聞こえた声に聞き覚えがありすぎる。少し舌足らずな低い声。今まさに考えていた人物で間違いない。

「俺だよ、俺。牛沢。まさか連絡先登録してないの?」
「登録はしてますけど、名前見ずに反射で電話とっちゃったって言うか……、」

 貴方から電話が来るとは思わなかったんです!と言ってしまいたい。いや、だっていつもLINEじゃないですか。連絡よこすなら文字じゃないですか、と脳内はパニックを起こしている。

「びっくりした?」
「心臓飛び出そうです、今。」
「めっちゃびっくりしてんじゃん!もしかして俺から電話くるとは思ってなかった?」
「え、っと、そうですね。珍しいなと思ってます。」
「そっかぁ。」

 嬉しい?だなんて聞くから思わず「はい」と言う言葉が口から出る。嬉しい所の話じゃないのだが。私は明日死ぬんだろうか。

「俺も糺と話せて嬉しいよ。最近なんだか忙しいみたいだったからちょっと心配だったんだよね。」
「あ、りがとうございます!明日の仕事が終われば休みですし、繁忙期も落ち着きますから少しは暇になるはずです。」

 糺という呼び方にドキリとする。一ヶ月前は糺さんだったはずなのにどういうつもり?と勘潜るのは許してほしい。

「明日、仕事どれくらいに終わるの?」
「定時で帰れれば一八時くらいですね。」
「じゃあさ、俺とご飯行かない?」
「はぇ、」

 突然のことに喉から変な音がなった。もはやあれは言葉ではない。その声に牛沢さんは相変わらず楽しそうな笑い声をあげ、再度「行くよね?」なんて言うものだから私に拒否の選択肢は見当たらなかった。これは何としてでも定時で帰らねばならない。

「じゃあ、こっちで色々決めて連絡するから。」
「はい、よろしくお願いします。」
「おう、任せとけ。明日、楽しみにしてる。」
「わ、私も、」

 楽しみですとちゃんと口にできただろうか。声が小さすぎてもしかしたら彼には聞こえていないのかもしれない。でも楽しみよりも緊張が現時点で優っているのだが、本当に私は明日生きていけるのだろうか?明日みょうにちじゃなくて命日の間違いでは?

「じゃあ、また明日。」
「はい。また、明日。」
「おやすみ、糺。」
「おやすみなさい、」

 優人さん。
 そう口はできず電話は切れる。彼の声を聞いていた耳が異様に熱を持って、そっと手を添えて夢ではないことを実感し顔まで熱を持ち始め、このまま動画の編集を続けられる気がしなくてパソコンをそのまま閉じた。
 明日、どのスーツ着ていこう。メイクもいつもよりしっかりしないと。香水は仕事終わりにつければいいかな。そんな普段考えないような思考で頭はいっぱいになる。

「優人さん……って呼べるわけないか。」

 本人がいない前ではあっさりと呼べる彼の本名は虚しく部屋に響くだけ。どうせ外で会っても彼の事は牛沢さんと呼んでしまうのだ。慣れ親しんだ名前はどう頑張ってもその名前だから。

「……そう言えば、キヨたちも一緒なのかな?」

 俺と、なんて言っていたが、まさか二人きりなんて、

「いやいやいや、乙女思考すぎるでしょ。そんな少女漫画みたいな展開あってたまるか!」

 とりあえず今日はもう考えるのやめようと残って冷めてしまったご飯を食べ始める。
 次の日に牛沢さんから連絡があるまで誘われた事がドッキリ企画ではないかと疑っていたことは本人には秘密にすることにした。


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