意外な場所



 ついにこの時がきた。ドキドキといつもの倍以上で鼓動する心臓がやけに耳元の近くで聞こえてソワソワとしてしまう。
 指定された場所に着いたのが割とギリギリで駆け足でホームの階段を降り改札をでれば壁際でスマホを弄っている牛沢さんが見え人混みを頑張って避けならがら近づけば気がついたのか小さく手を上げて微笑んだ。

「お待たせしました!すみません!」
「全然待ってないから大丈夫。それよりもこの時間の待ち合わせで本当に大丈夫だった?」
「そこは問題ないです。残業もなかったので。」

 妙に浮かれて気合を入れている姿に同僚だけではなく上司にもデートか?なんて聞かれましたとは口が裂けても言えないが、そのおかげで今日は残業を免れたのだから感謝せねばならない。しかし!これは!デートでは!ない!デートじゃないよ……!

「今日はキヨたちもいるんですか?」
「いや、いないよ。何?糺は俺と二人きりじゃ、」
「嫌じゃないです。」
「食い気味〜!」

 ケラケラと笑う牛沢さんは画面がなくても変わらずすぐに笑ってしまうようだ。箸が転がるだけで笑えそうだなと変なことを考えてやり過ごす。そうしないと笑った顔に胸が高鳴りすぎて死んでしまいそうだ。

「はぁあ、お前といるとほんと退屈しねぇな。」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる。」

 そう言ってぽんぽんと頭を優しく撫でてくる牛沢さんは確信犯なのだろうかと考えつつどう考えてもこれは子供扱いだろうと言う気持ちが勝る。なぜなら、牛沢さんと私には七歳と言う壁があるからだ。これだけ年齢が離れていれば子供扱いされたとしても納得できる。……実際はちょっと悲しいんだけど。

「ほら、行くぞ。ここに居たって寒いだろ。」
「本当ならもうすぐ春なんですけどねぇ。雪が降らないだけありがたいですけど。」
「その言い方だと糺は雪国出身か?」
「あれ?言ってませんでしたっけ。私、宮城県民ですよ。」
「お?まじ?俺も母親の実家が宮城なんだよねぇ。」

 向こうは本当に寒いよねという言葉に頷きながら知っていますと心の中で呟く。彼が宮城県生まれ東京育ちというのは検索すればすぐにわかる事の一つであり、そしてそれを調べた私も私である。バレたらお終いという自覚はあるので何が何でも墓まで持っていきたい次第である。
 そんななんでもない話をしながら牛沢さんの案内で着いたのはまさかの居酒屋ではなく小洒落たカフェに近い内装のレストランだった。

「……ここ?」
「そう。ここ。」
「私、スーツなんですけど?」
「そんな畏まった場所じゃねぇよ。そんなところだったら俺の格好もアウトだろうが!」

 仕事帰りに連れられてやってくるところでもない気がするんだが。まあ、でも、普通に可愛い場所に連れられて薄れていた緊張感が帰ってきたし、無駄に何かを期待している自分がいるのが心底嫌だ。そんな無駄な期待をしてどうする。
 お店に入ればスムーズに席に案内されて緊張は最高潮を迎えた。

「どれにしようかな。とりあえず生は頼むとして……、糺?」
「ひゃい!」
「ふっ、何?緊張してるの?可愛いね?」
「かっ、からかわないでください!どれにするか迷っていただけです!」

 ポポポと火照る頬が余計に恥ずかしさを煽って思わずメニューで顔を隠す。この男は本当に自分がかっこいいとわかっていてやっているだろ?確信犯だよね?ね?年下の小娘からかって遊んでいるんでしょ!?
「ずるいぃ……!」
「え?」
「なんでもないです!それよりも何頼むか決めましたか?」
「ええ?」

 ニヤニヤと意地悪な顔をしている牛沢さんはそれはもうかっこいい。そうだよ、そういう顔も好きだよ馬鹿野郎!動画内でゲスい発言している時、絶対こういう顔してるよね。知ってるよ。ほんと楽しそうだよね!

「ほんと可愛いなぁ……。」
「んー?なんか言いましたか?」
「なんでもありませーん。それより決まった?」
「決めました!これにします。」

 思考の波が納まらない中どうやら牛沢さんの話を聞き流してしまったらしくはぐらかされてしまった。聞き逃したことに対しては後から反省するとしてとりあえず私は剥がれかけの猫を必死にかぶってこの食事を終わらせるのに専念しなければならない。幸いにもこの店で出している類のお酒は私には飲めないし酔うことはないからキヨの時の二の舞にはならないだろう。

「(味、わかるといいな。)」

 この緊張感で果たして美味しいご飯を美味しく食べられるのか。机の下で震えている手をキュッと握りしめて私は料理が運ばれてくるまで牛沢さんとの会話に集中することにした。

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