誤解が解けたらその後は



 その後の展開は別に語るようなこともなく、仕事の話だったり、実況の話だったり、そんな色気もないただの日常会話で盛り上がっている。お酒が好きな牛沢さんにとって正直この場所ではお酒が足りないのではないかと思うのだが何も言わないのであえて聞かないようにはしていた。もしかすればこの後別の予定を入れている可能性もあるだろう。聞いてから自爆するのだけは避けたい。

「そう言えばさ、レトルトから聞いたんだけど、俺のこと既婚者だと思ってたんでしょ?」
「え?そうですけど。」
「なんで?」
「なんで、って、そりゃ、ネットにそう書いてあったからですけど……。」

 ご本人に会う機会なんてないからネットの情報が全てだったしと少しだけ濁せば牛沢さんは複雑そうな顔をした。いや、だって、気になったら調べちゃうじゃないですか!そんな顔しないでよぉ!と叫べたらどれだけ良かっただろうか。お店の空調は暖かいはずなのに私の背中には冷や汗が垂れる。

「俺が否定しているっていう情報はなかった?」
「なかったわけじゃないですけど、でも、」
「本当だからね。俺、既婚者じゃないの。この通り。ていうかこの間だってつけてなかったんだけど記憶にない?」

 そう言って彼は左手を私に見せる。もちろんその手に指輪なんてなくて、指輪をつけているような跡もない。この間の話は正直に言えば覚えていない。もう自分を取り繕うので精一杯だったから。

「もちろん、離婚経験もないからね?結婚したことないから当たり前だけど。」
「そう、なんですね。」

 なぜこのタイミングなのだろうか。そしてなぜレトさんはそれを本人に言ってしまうのか。……期待してもいいんだろうか。

「実は今日誘ったのはそれを言うためだったんだよね。……糺には勘違いして欲しくなかったから。」
「それは、」

 都合よく捉えても良いんですかと続ける前に携帯の通知音がなりふたりでびくりと体を揺らす。着信音はどうやら牛沢さんの携帯のようで彼は「ごめん」と言って画面を見始めた為、気にしないでくださいと言って私は食後のデザートを頬張ることにした。そして急に思考が働き始め何をしようとしていたか理解すれば心臓が異様に心拍数をあげ、先程とは比べものにならない量の冷や汗が流れ始める。

「(ほんと何言おうとしたんだろう。あれはやばいって。好きだって言ってるようなもんじゃん!)」
「あー、糺。急で悪いんだけど、二軒目行けるか?」
「ん?」
「あ、悪ぃ!食べてからで良いよ。」
「……、すみません!二軒目でしたっけ?構いませんけど私が行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫っていうか、キヨたちからだったんだけど、むしろ糺も連れて来いって言われてるから来てくれると助かる。」

 なんでアイツら知ってるんだよと不機嫌そうな彼の声色に笑いが溢れる。ごめんなさい、私が昨日の夜に誘われて困惑しすぎた結果キヨにバラしましたとは言えず再びデザートを食べ進めた。

「食べたら行きますかねぇ……。」
「はあい!」
「あーあ、折角二人きりだったのになぁ。」
「ま、また来れば良いんですよ!ね?」

 恋とは恐ろしいもので、気がついたら都合の良いことを口走っていた。こんなの、どう考えたって、

「そうだなぁ。今度はどこ行こうね?糺はどういうお店が好き?」
「え、えっと、か、考えておきます!お店詳しくないので!」
「じゃあ、次は糺が選んだお店に行こうか。」

 そう言ってあっさりと次の約束を取り付けてしまう牛沢さんはやはり女慣れしているのではないだろうか。それとも私がちょろいだけなのか。それでも「また」と言ってもらえるのは嬉しくないわけがなく嬉々として頷いてしまうのだった。

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