恋は「ひなた」から



「……ここ、どこ。」

 ズキズキと痛む重たい頭を抑えて起き上がる。ふかりとした感覚と暖かな毛布にどうやら自分はベッドの上にいるようだった。

「……まじでどこだ……。」

 見渡した景色は自分の家ではない。それに昨日の二次会の途中から記憶がないのは気のせいではないだろう。必死に思い出しながら毛布を避ければ皺くちゃのスーツが顔を出し少しだけ安心した。ここで裸なんて事であれば笑い事ではない。

「あ、糺ちゃん。起きた?」
「……レトさん?」
「せやで〜。昨日の事覚えてる?」
「それが……全く覚えてない上に二日酔いだし、ここどこですか状態です。」
「あー、やっぱり?あんだけ飲めばそうなるよねぇ。」

 ノックの後に開いた扉から顔を覗かせたのはなぜかレトさんで、どうやら彼は事情も知っているようだ。まあ、レトさんはあまりお酒が得意ではないから飲まないし、あの中で唯一正気だったのだろう。「動けそう?」という彼の言葉にのそのそと亀のようにベッドから這い出て彼の後ろについて行くが、動くたびに揺れる視界が大変鬱陶しい。

「とりあえずお水飲んどこうか。」
「ありがとうございます。ところでここ、レトさん家ですか?」
「ちゃうよ。ここはねぇ、うっしーのお家やで。」
「う、し……っ!?」

 レトさんの返事に飲んでいた水を吐き出さなかっただけ良かっただろう。ゴクリと喉が妙な音をたてた。

「昨日の夜、みんな酔っ払ってるのに二次会、まあ、糺ちゃんたちにとっては三次会なんだけど、やるぞって言って近場のうっしーの家に来たんよ。覚えとらん?」
「まず二次会の件を覚えていませんね……。まじか……。」
「糺ちゃんはそこからかぁ……。まあ、そういうわけで、うっしーの家で飲み始めて、今って感じ。俺は酔っ払ってなかったし帰っても良かったんだけど、あの状況で女の子一人にするのもなって思って泊まったんよ。」
「何から何まですみません……。」
「ええよ、別に!楽しいことは好きやしね!」

 そう言って笑うレトさんはまじで仏様かもしれない。拝んでおこうと働かない頭で考えていればずしりと頭にかかった重み。こんなことをするのは一人しか心当たりはなかった。

「おはよう、キヨ。」
「おー。」
「糺ちゃん、よう分かったね?後ろに目でもついとんの?」
「ついてませーん。」
「キヨと糺は今日も仲良しだなぁ。羨ましい限りだぜ。」
「お、うっしーも起きたんやね。」
「おう、レトルト。おはよう。ガッチさんもそろそろ来ると思う。」

 糺たちもおはようと牛沢さんは私とキヨに声をかけ、そのまま窓際の方へと移動する。返事をする前に牛沢さんが手に取ったものを見て私は思わず立ち上がりそのまま着席した。

「うっ……、」
「危ねぇなお前!立ち上がるとき言えよ!」
「う、うるさい……!私はひなっちが見たかったの!」
「でも二日酔いで具合が悪い、と。」
「ぐっ……!」

 私にとどめを刺したのはガッチさんで呑気に「おはよう」なんて言うものだから怒る気にもなれず挨拶を返す。俺も若干二日酔いだなぁと言っているガッチさんを見て一番年上だしなと変に納得したのは内緒にしておこう。

「糺、ほら。ひなただぞ。」
「え、あ!」
「すーぐどっか行っちゃう。」

 ひなた君の動きに動画と全く同じことを言っている牛沢さんと本当にすぐにどこかに行ってしまうひなた君が生で見られることに感動してしまう。

「生のひなた君もめちゃめちゃ可愛い……!」
「でしょう?うちの子、可愛いでしょ?」
「今日も元気やね、ひなた君。」
「そうなんだよね。だからゲージから出すとすぐどっか行っちゃう。」

 戻っておいで〜という牛沢さんに反してひなた君はあっちへウロウロ、こっちへウロウロと部屋の中を縦横無尽に駆け回っていて楽しそうだ。

「ひなた〜、ひなち〜。」

 全然戻ってこないひなた君に牛沢さんは嫌な顔一つせずに普段よりも高めの優しい声で良いかけ、ふわりと笑いかける。……ああ、

「(私はこの優しさに惹かれたんだよなぁ。)」

 ひなた君に対する優しい彼を見てひなた君を心から大事にしていると思えて、素敵な人だなと画面越しに感じ、その優しい微笑みで見つめられたらどんなに素敵なことだろうと考えたのだ。それが、画面越しの私の恋の始まり。

「やっと捕まえたぞ、ひなた。糺に初めましてしような?」
「ん"ん"!!」

 なんだそれ。可愛すぎません?貴方三十路超えていますよね?何?なんなのそれ。意味がわからない。瀕死状態だったのにさらにHP削ってくるとか鬼畜か?

「こ、こんにちは、ひなた君。初めまし、あ!」
「あー……すーぐどっか行っちゃう……ごめんな?」
「大丈夫ですよ。ひなた君が元気なのは動画見て知っていますから。」
「えっ、俺の動画そこまで見てんの?」
「ファンなら全部見ていると思いますよ。癒されますし。」

 ひなた君を見て癒されているのか、本人を見て癒されているのかは多分人それぞれだと思いますが、という感想はさておき、こむぎ君の動画も見ていますといえば牛沢さんの表情が少しだけ泣きそうになった後「ありがとう」と優しく微笑んだ。彼にとってこむぎ君も大切な家族だから亡くなってから一年経とうと思うところがあるのだろう。

「ひなた君もこむぎ君みたいに幸せにしてあげてくださいね。」
「当たり前だろ。俺に任せとけよ!」
「えへへ、ひなた君の成長動画楽しみにしてるんでいっぱい撮ってくださいね!」

 写真でも良いですよと言えば牛沢さんは悩むそぶりを見せる。でも、知っているぞ。親バカな牛沢さんが動画も写真も載せない訳がないと!視聴者からデレ沢とか綺麗な牛沢って言われてるの知ってるんだから!
 そう考えて足元をチョロチョロしているひなた君を抱き上げた時、背後から声がかかった。

「ちょっとぉ、お二人さん〜。俺らのこと忘れてなあい?」
「いややわ、キヨくん。そんなことして馬に蹴られても知らんで?」
「おじさんたちに気を使わず続けてどうぞ〜。」

 かけられた声は三者三様ではあるもののニヨニヨと笑みを浮かべている三人に私と牛沢さんは固まった。いや、忘れていた訳じゃなくて、とか、馬に蹴られるって何、とか言いたいことは色々あったが言葉にはならず、先に正気に戻った牛沢さんが「うるせーよ!」と三人に言いながら私からひなた君を受け取ってゲージへと歩いて行く。

「とりあえず……おめでとう?」
「めでたくないわ!……うっ、」
「あー!まって、そうだ。こいつ二日酔いだったわ。」
「糺ちゃん、頭痛と吐き気どっちが酷い?」
「頭痛……。」
「じゃあ、やっぱ水分補給が一番良いか。本当はスポドリとかの方がいいんだけど……誰かついでに俺の分も買ってきてくれたら最高なんだけどなぁ。」

 ガッチさんを中心にてきぱきと処置しようとしてくれるみんなを横目に、ひなた君がもふもふで可愛かったなとか優しい牛沢さんを思いだしながら襲いかかる頭痛を机に伏せてやり過ごした。

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