昔の話は忘れていたのに



「ふぅ……、こんなもんかな。」

 ヘッドホンを外して編集していた動画を保存する。二日酔いは一日も寝ていれば良くなるもので次の日には良くなっていたので今日は一日中家に引きこもって溜めに溜めた動画の編集をしていた。これで投稿予約さえできれば何日かは作業しなくても良いだろう。
 それよりも考えなければいけない事は今夜の話である。昨日の事を面白がったキヨが家にくるのだ。暇人か?と言えばなんとも言えないような顔をされたがどう考えても暇人だろう。私そんなに暇じゃないんだけど。

「キヨだし、別にもてなさなくてもいいか。」

 別に何も話すことはなくて、キヨが聞きたいような進展も一切ないのに何を勘違いしたのだろうか。ひなた君の話では確かに二人の世界を作ってしまったがあれは別にファンとして話していただけで下心なんかなかったし……。

「とりあえずキヨが来る前に動画投稿して、残っている編集は……やる気があればでいっか!それよりもご飯どうするかだよね〜。」

 こうやって誰もいない部屋でぶつぶつと独り言を呟く姿なんか絶対に人に見せられない。ヨレヨレの寝巻きにボサボサの頭。勿論化粧なんかしてなくて、コンタクトもめんどくさくてメガネのまま。本当にこれは見せられない。まあ、今回はキヨしか来ないからこのままなんだけど。

「……もうちょっと、マシにならないとダメだな。」

 改めて振り返ってみても今の自分が酷すぎてなんだか悲しくなった。今更女子力向上と言われても正直できる気がしないが今度同期に相談しようと心に決めて着替えに取りかかった。

           ***

「よー!みんな!元気?今日は予告無しなんだけど、ライブしまーす!ちなみに俺は今どこにいるでしょーか!」

 この状況に対し「どうしてこうなった」という一言しかでない。
夜に予告通りやってきたキヨは唐突にライブしようと言い出し機材を私の部屋から持ち出して着々と配信を行う準備を終わらせてしまった。確かにキヨは顔出ししているから問題ないと思うけど、私は問題大ありだ。会社にバレたらもう目も当てられん。そう言ったのにキヨから渡されたのはマスクとグラサンで、グラサンはフジさんから借りてきたというのだから計画犯であることがここで判明した。もう許す理由が見当たらない。

「正解はぁ……天赦の家です!」
「はあああぁ……。」
「ちょっとぉ?天赦さーん?」
「皆さん、こんばんは。被害者の天赦です。」
「おい待てよ!誤解を与える言い方すんなって!それはずるい!」
「ずるくないよ!なんにも言わずに来たかと思えば急にライブだなんて!酷いよ、キヨくん!」
「え、天赦。もっかいキヨくんって言って。」
「うわ、普通にキモイよ。キヨ。」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐキヨと普通に会話をしていれば止まることを知らない視聴数の伸びと目で追いきれない程のコメントが目に入る。グラサンにマスクという怪しい女に「顔出ししないの?」なんてコメントも多い。

「おー、なんか俺のチャンネルなのにお前についてばっかコメント来てるな。」
「もう目で追えないよ。視界も悪いし。」
「じゃあ外せばいいじゃん!」
「それとこれとは別ですねぇ。」
「うわ、出た。天赦の口癖!いっつも言うよな。」
「もう、そういうのいいから!本題は?私も聞かされてないんだけど。」
「それはですね、……特に考えてなかったわ!」
「よほど死にたいようだな貴様。」

 思わずでた言葉に「そんな声出るのか」とか「もしかして:口が悪い」などとコメントが流れ頭を抱えそうになる。いや、ほんとライブって気をつけないと何で炎上するかわからないから恐ろしすぎて胃がキリキリとする。
 そんな中「ゲームしないの?」や「質問コーナーとかどうですか!」なんてコメントも出始めて、ただの雑談枠で消費しなければならないかと思っていたが何とかなりそうだ。

「質問コーナーねぇ?天赦はどう?」
「答えられる範囲であれば別にいいけど、本当に答えられない質問は飛ばしていい?」
「いいんじゃない?俺もそうだし……ってことで質問コーナーにっしょっか!目に付いた質問に答えてく感じにしていこう。」
「私こういうの初めてだしキヨに任せるわ。」

 どういう質問が来るのかもよくわからない。さっきみたいに「顔出ししないの?」とかそういう感じなんだろうか。そう考えながらチラホラとではじめた質問で一つだけ目に付いたものがあって思わず声に出す。

「よく、知っているね。」
「えっ?」
「あ、ごめん。昔の私を知っている人が居たみたいで、もうその質問は流れちゃったんだけど……ご質問通り、昔、私は虎々という名前で歌ってみたを投稿していました。」

 人気なかったし、知っている人いると思わなかったと言えばコメントが一気に荒れた。やっぱりと言う人もいる中「知らない」とか「誰?」なんてのが圧倒的で人気のなさに今更大笑い。隣のキヨですら知らなかったんだから知っている人の方が珍しいだろう。

「昔の私を知っていてくれてありがとう。もう引退してしまったけど歌は好きだからまた動画があがったらどうか笑って見守ってください。よろしくお願いします!」

 好きなことを職に出来ないかと夢見たあの頃。ひっそりと咲かずに散った蕾は今また咲き始めている。昔もそしてこれからも少しでも誰かに好きと言われる存在になれているだろうか。

「俺も知らなかったのに……ていうかそういうことは先に言っとけよ!もしかして活動歴お前の方が上なんじゃね?」
「あはは、でも歌ってみた引退してから数年は活動休止してたからそれはないかな。それよりも次にいこう!」
「えー?じゃあ、後でもっと詳しく聞くからね?」
「なんにも面白くないのに?」
「聞きたいからいいの!はい!そんじゃ次は……、身長はね、俺は一八二だったかな?体重は最近測ってねぇからわかんない。天赦は?」
「私は去年の健康診断で一五七って言われて悔しかった。あと三センチは欲しい。体重はね、モデル体重と美容体重の間。」
「何そのよく分かんない情報!?」

 調べたら出てくるよ。ググれ。と言えばその場でキヨが調べだすものだからそれを無視して次の質問を探す。明日仕事だから早く寝たいなー!と言えば「そういえばキヨとは違って社会人だった」というコメントが溢れて思わずキヨに同情したのは言うまでもない。
 こうして日曜の騒がしい夜は過ぎ去った。


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