自覚する昼下がり



 会社の昼休み。相談したいことがあるからと他部署の同期を誘いランチへと出かける。入社してから仲良くしてくれる彼女――灯里はそれはもう可愛い自慢の同期で私のこともよく理解している素晴らしい類友というやつだ。二次元最高。それが合言葉である。

「なーちゃんが悩んでるって珍しいね?」
「あかりんもやっぱりそう思う?自分でもそう思っているから大丈夫。」
「それどう頑張っても大丈夫じゃないよ。」

 会社から出れば肌寒い空気にさらされ二人揃って「さむーい!」なんていうから面白い。目当てのパスタ屋はすぐそばなのでそれまでの辛抱だと互いを励ましあっていれば、前から歩いてくる男に見覚えがあって思わず声をかける。

「キヨ!」
「あ?……糺じゃん!?なんでここにいんの!?」
「いや、私のテリトリーに入ってきたのお前だから。」

 ここ本社。私の会社。そう言って高層ビルを指させばキヨはつられて上を見て静かに「まじか」と呟いた。何しに来たのかは知らないが多分用事があるのは私のいるビルではないだろう。あのビルには実況者に関係するような会社は一切入っていないから。

「え?糺今日何時あがり?」
「まって?昨日の今日で何する気?」
「そりゃ……飯しかなくね?」
「デスヨネー。」

 そうなると思ったわとため息をついて「あとでLINEする」と伝えキヨと別れる。隣にいた灯里に行こうかと声をかければキラキラと瞳が輝いた。

「なーちゃん!今の誰?めっちゃイケメンじゃん!え?あれが例の彼?」
「いや、アレは共通の友達。」
「共通の友達!?なんかすごい波乱の予感がするんだけど!」

 貴女が期待するような修羅場は何もないんだ。ごめん。と密かに謝罪をしつつ目的地に着くまで騒いでいた灯里をなんとか宥めた。
 お昼時で賑わう店内で早々に注文をすませ、料理が来るまで改めて灯里に今まであった事をもう一度説明する。
 先ほどあった男は共通の友達で、私が好きな人は別であること。そして先日意中の彼に食事に誘われ、結婚していないと説明されたこと。そしてその晩、覚えてはいないが彼の家に泊まってしまった事。
 大まかにかいつまんだ話ではあったものの灯里の興味を引くには十分だったらしい。「それでそれで?」と食いつく灯里に若干の恐怖を覚え相談相手を間違えてしまったような気分である。それでも彼女以外にこういう類の話をし辛いのもまた事実で、交友関係の狭さに別の意味で頭を抱えてしまった。

「つまり、彼にも気があるってことで良いでしょ。」
「そんな漫画みたいに都合がいいことあると思う?」
「現実は小説より奇なり!だよ。あり得ないなんてことは絶対ない。」
「それをいうなら『事実』でしょ。」
「事実も現実も一緒だって。結局彼もなーちゃんの事、いいなって思っているから食事にも誘うし、誤解も解いたわけでしょ?それになんとも思ってない女の子を家にあげることもないと思う!」
「あ、いや、それ私一人じゃなくて共通の友達も一緒だったからね?勘違いしないでよ?」

 あの時はキヨもレトさんもガッチさんも一緒だった。そう。私だけじゃない。それに誤解を解いたのだってレトさんに私が誤解していたって聞いたからであって、特別な感情なんかきっとなくて。そこまで考えてあの夜に牛沢さんに言われた言葉を思い出す。

『糺には勘違いして欲しくなかったから。』

「……っ!」
「おやおや?その顔はもしかして何か思い当たることでもあった?」
「う、うるさいなぁ!時間ないし、さっさと食べるよ!」
「ふふふ、今日の夜は無理そうだし、暇な時間あったらいつでも相談乗るからね?」
「……あかりんのそういう優しいところはほんと好き。」

 ありがとうと小さくこぼし運ばれてきたカルボナーラに手をつける。きっと耳まで真っ赤であろう私を見て灯里は面白そうに笑いながら「頑張れ」と励ましてくれた。

「今日のお昼、奢ってあげる!相談のお礼!」
「え?やったあ!本当にいいの?」
「いいよ!だからこれからも付き合ってね?」
「勿論!そのかわり、私にもそんな話出来たらよろしくね?」
「勿論!任せて!……というには程遠いけどね。」

 その類を避け続けてきた弊害がこれなので、と苦笑いを浮かべれば灯里から「私も」というお言葉を頂き少しだけ安心する。それでも私の話を聞いて盛り上がっているのはネタのためなのか。まあ、都合よく行きたい気持ちもわかるので少しだけ彼女の言葉にその気になってしまう自分もいる。

「あ、ねえねえ!彼の写真ないの?」
「えっ!」

 灯里の言葉に「検索したら出てくるよ」とは言えずとりあえずないと言って誤魔化す。灯里にすら実況をしていることは伝えていないのだから、その手の話題を出して自爆したくないと考えて、もし彼女がキヨを知っていたら今頃そちらの話題で問い詰められていたのかもしれないし、もしかしたら牛沢さんの事ももっと詳しく聞かれていたのかも。そう考えて、ツキリと胸が痛くなる。私が知らない彼のファンが今日もどこかで彼の話をしているのだから近くに彼を知っている人がいたって何らおかしくないのに、

「(自分だけでいいだなんて、……これは、嫉妬だ。)」

 自覚すればするだけ胸の内に渦巻く思いは色を濃くしていく。彼に抱く熱とは裏腹に冷めて醜い感情を飲み込むように私は昼食を食べ進め、灯里の話に耳を傾けた。


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