知らないのは本人だけ



 やられた、というのが正直な感想で何に対してその感想を抱いたかと言えばこの間のキヨと糺の生放送に対してである。
 俺は当日の通知には気づかず残ったアーカイブで確認したが糺の過去の活動から提示できる個人情報の話とか趣味の話とかおすすめのゲームとかその他にも色々と話していた。勿論、糺は顔をサングラスとマスクで隠しキヨだけが顔を出していたのだが、生放送を撮っていた場所がまさかの糺の家で思わず頭を抱えてしまった。

「はぁ……、こういうことかよぉ……!」

 元々キヨに言われていたことを思い出し、こういう意味だったのかと動画を見て初めて理解する。勿論録画の関係で糺の家にはよく行くと聞いていた。聞いていたがこれは予想外だ。何が「うっしーを驚かせること思いついた」だ!こんなの聞いてねぇぞ!

「しかし、やっぱ糺小せぇな?いや、小さくは、ないのか?」

 明かした身長は平均値だが高身長のキヨの隣に座っているせいで小さく見えるのか、細すぎて小さく見えるのか。多分この場合はどちらも作用して余計に小さく見えるのだろう。事故とは言え初対面で抱きしめた華奢な肩を思いだし少しだけ顔が暑くなる。

「細かった、なあ……って、待て。それはダメだろ。その感想はダメだって!」

 一体誰に俺は言い訳をしているのか。聞いているとしたらひなたくらいだろうが彼は餌を食べるのに忙しそうにしている。視聴者に話しかけているわけでもないのだから、と一息ついて動画の続きを見る。

『えっと、最後はー、』
『キヨと付き合うとかないわ!』
『いきなりのディスりやめて?何?天赦との仲が良すぎる?付き合っているの?……いや、ないわ。こいつと付き合うとか全然思いつかねぇ。』
『おうおう、キヨくん。ちょっと面貸せや。』
『みなさん聞きました?こいつ実はめっちゃ口悪いんですよ!』
『うるせぇ!お前ほど口悪くないわ!……あ、』
『あ。』
『うあああああ!』
『あははははっ!』

 糺の絶叫とキヨの大爆笑が耳を劈いて思わず動画を止めてヘッドホンを外せば耳がキーンと鳴っている。あいつらうるさすぎだろ。
 それにしても意外なことを知った。糺は口が悪いのか。しかし彼女に対してそんなイメージは全くなくむしろ丁寧というか堅苦しいというか。とりあえず口の悪さを直接見たことはない。そしてよくよく考えてみればキヨの事は呼び捨て。レトルトとガッチさんはあだ名で呼ばれている。もしかして俺だけが「牛沢さん」と呼ばれ距離を置かれているのではないだろうか?

「うわぁ……気付きたくなかったぁ……。普通にショックだわ。」

 そりゃあ、ね?キヨは初めてコラボした相手として仲良くしているのは、わかる。だって俺より糺と長い付き合いなんだから。でもさ、レトルトとガッチさんは俺と同じ日にあったわけ。どれくらい個人的に連絡を取っているかは知らないけど日数的には変わらないわけよ。

「さすがにグイグイ行きすぎたかぁ?」

 出会った時から糺には好印象を受けていた。勿論、彼女のファンだったからという事は大いに関係あるだろう。でもその要素を除いても普通に女性としていいなと思っている。だから誤解も解いたし、連絡だって続けていて、次の休みには動画を撮る約束をして家に呼んだわけだし。

「でもやっぱあの反応は期待しちゃうよな〜。」

 結婚していないと誤解を解いたあの夜に向けられた熱い期待の籠った視線を思い出し思わず口元が歪む。邪魔さえ入らなければもっとゴールは近かったに違いない。

「あー、ほんと糺にどハマりしてるな、俺。ヤベェわ。」

 この年になればそこそこいろんな経験はしているもので、でもあの初々しさを経験するのは初めてで妙に変な気分だ。学生でもあるまいしと思う反面いつまでもあの反応を眺めていたいと思ってしまう。悪い大人を教え込むというのは語弊があるがそんな漫画のような気分で糺を焦らしている自覚はあった。

「次の休み、楽しみだなぁ。何撮ろう。」

 彼女の新しい一面を引き出すにはどのジャンルが最適か。そんなことを考えながら俺はゲームが仕舞ってある棚を眺めた。


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