退路は雨に沈む



「さて、ちょっと日にち空いちゃったけど本日も天赦と一緒にゾンビを撃ちに行きたいと思います。」
「牛沢さんに会わなかった間に練習したのでこの間より断然上手くなりましたよ!お墨付きです!」
「誰のだよ!」
「さあ、予習の成果を見せるぞ!」

 予習って何?という牛沢さんの言葉をスルーし続きを始める。私にはガッチさんという最強の師匠がいるのだ!と謎に前向きな気持ちでアイテムを探したりゾンビを撃ち殺したり、この間遊んだことを必死に思い出しながら進んでいく。

「うわあっ!?」
「ふぁいあー!」
「えっ!?本当にすごく上手くなってる!」
「牛沢さんが安心して見られるように頑張るから応援してね?」
「……もしかして天赦の方が怖いのでは?急に容赦なくなったね?」
「あ、あった!生ハーブ!噛まれたらお腹痛くなっちゃうからもっておこう。」
「慣れすぎでは?あの頃の天赦はもういな……ひぃぃ……!」

 牛沢さんの悲鳴を聞きながら前回戸惑っていたところも難なくクリアし先に進むがやはり練習の時より恐怖は感じず、むしろワクワクが勝っている。つまり、牛沢さんがビビりすぎるので私はその様子を楽しんでしまっているのだろう。

「こええ……!あいつ絶対起き上がってくるだろ?……こないのかよ!」
「あれは起きないよ。でも窓塞ぐの忘れてたからどんどん入ってきちゃうかも。やらかした。」
「えっ、まって!?何しちゃってくれてるの!?」
「別に動かしてるの私だもん!困るのも私!」
「ひぇ……一撃とかやるじゃん、って、あ"あ"っ!?」
「意外と綺麗な歯並びしてますねぇ!」
「それ俺のセリフゥ!」

 ポンポンと飛び交う会話が心地良くてニコニコと口元が上がりっぱなしで表情がゲームの内容に反している自覚はある。そしてそのまま「楽しいな」と素直に口から出た小さな呟きは牛沢さんの悲鳴にかき消された……と思いきや、後日確認したところしっかりと視聴者に聞こえていたらしく色々とコメントが書かれていて面白いことになっていたのはまた別の話。
 そしてサクサクとゾンビを殺しつつ自分が死ぬこともなく進み、牛沢さんの悲鳴とイキリコメントが割と長く続く中、思っていたよりも長時間プレイしていたようで「そろそろ終わりにしよう」と牛沢さんから指示が入る。

「荷物整理だけして、セーブ……オッケー!」
「時間的にここまでだな。ていうか、だいぶ進んだし、この間とは大違いすぎるな。」
「その分牛沢さんの叫びが多くなりましたけどね。」
「容赦なく進みすぎなんだよ、お前が!」
「へへへ、すみません。牛沢さんとの実況が楽しくて、つい。」
「あー、もう、すぐそういうこと言う……。よし、許した。」
「そんな楽しい続きは次回ですね。」
「そうだな。それじゃあまた次ね。」
「頑張るから見てね〜!」

 そう言って無駄にグルグルとスティックを回せば画面の中のクレアもくるくると周りだす。そのままお互い無言のままで数秒が経過した後、牛沢さんが録画機器を全て止めて大きく溜息をついた。

「つっかれたぁ……、でも、本当にお前容赦なく進んだな?俺、まじでビビってんだけど?」
「そりゃあ、まあ、ガッチさんのところで予習してきたので展開は知っていましたしね。」
「ふーん?予習ってそういうことか。ガッチさん、ねぇ……。」
「あれ?知らなかったんですか?」

 牛沢さんに話してくれると言っていたためてっきりこの話もしているのかと思ったがどうやら違うらしい。面白くなさそうな顔をした牛沢さんはちょっと怖くて別の意味でドキリとする。

「その予習ってさ、ガッチさんのところじゃなきゃ駄目なの?」
「え?」
「俺ん家でもできるでしょ?同じゲームなんだからさ。」
「えっと、それは……、」

 練習しに家に遊びに来いと言われているということでいいんだろうか?決して、その、ガッチさんのお家に行くことを批判しているわけではない、よね?

「何?嫌なの?」
「嫌じゃないですけど、牛沢さんのご迷惑に、」
「ならないから糺が気にすることなんて何もないよ。」

 その言葉の裏に「くるよね?」という副音声が聞こえないわけではないが、それはそれで嬉しいと思ってしまうので末期だなあと改めて認識する。

「て、適度にお邪魔させていただきます!」
「……まあ、今はそれでいいか。」

 今は、ってなんですかとは言えず、あとで都合の良い日を教えてくださいと濁してなんとかその話題から逃げる。緊張と自分勝手な期待に心拍数は上がりこのままでは挙動不審になりそうだ。

「あ、そうだ。糺、ちょっとひなたの様子見てきてくれない?その間に俺が動画の確認しておくから。餌の場所とかわかるよね?」
「大丈夫です!」
「じゃあ、頼むわ。」
「はい!」

 今のやりとり、ちょっと恋人っぽくない?と浮かれながら部屋を出てひなたくんの元へ向かえば何やら外から音がしていた。気になって窓を開ければまさかの雨が降っていて急いで
牛沢さんのいる部屋へと戻る。

「牛沢さん!雨!やばい!」
「雨?今日降る予報じゃないでしょ?」
「そうですけど、割と強めに降ってますよ。洗濯物とか大丈夫ですか?」
「それは大丈夫、だけど……、糺、傘持ってきた?」
「……あ、」

 折り畳み傘は通勤用のバッグに入っていて今の鞄には財布とスマホぐらいしか入っていない。傘をお借りして持ち帰っては牛沢さんに迷惑がかかるだろうし、でもここからコンビニに駆け込むには雨が強すぎる。

「どうしよう……。」
「あー、糺?このあとなんか予定ある?」
「何時までかかるか予想もつかなったので何も入れてないです。」
「そっかぁ。じゃあ、雨止むまで家にいる?」

 ご飯も家で食べようと提案する彼の言葉に甘え、雨が止むまでお邪魔させてもらうことにする。そして今夜を彼の家で明かすことになることをこの時の私は考えもしなかったのだ。

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