思わせぶりも程々に



「それで?何もなかったん?」
「するわけねぇだろ。」

 嫌われたらどうすんだという声は自分が思っているより弱々しくて思わず笑い声が出る。いやぁ、本当に重傷よ、これは。

「俺、糺が可哀想になってきた……。」
「なんでだよ?」
「こんな男に弄ばれている友人見てたら同情しか湧かなくない!?」
「いや、待てよ。俺は糺のことちゃんと好きだからな?」
「うっしー最低……!」
「よし、キヨ。次会った時殴らせろ。」

 ちゃんと愛あるって言ってんだろ、と強調すれば渋々キヨが信じるからねと言ってくる。うるせー、俺の好きに進ませろ。

「いや、でもね、キヨくんの言いたいこともよくわかる。」
「ええ?レトルトまで?」
「俺もそう思うな〜。うっしーはもうちょっと糺ちゃんに優しくしてあげなよ。」
「え?何この状況。みんなまさかの敵?」

 俺が何をしたっていうんだ……ということはない。まあ、若干の心当たりは勿論あった。そう考えると糺にどう思われているのかがなおさら気になるところである。

「あんな真剣に向き合おうとしてくれる子、中々おらへんよ。早くゲットしないといい相手他に現れちゃうかもね?……俺とか?」
「え、レトさんが名乗り出るなら俺も行っちゃおうかな!?」
「あはは、俺は糺ちゃんのパパだから避難先かな?」
「やめろぉ!リアルすぎて恐ろしいわ!」

 身内の泥沼をリアルで体験したいと思う奴がどこにいる。というかレトルトは置いておいてもキヨがそれをいうと本当に怖い。糺とキヨの距離感は近すぎて仲良しの度を超えていると俺は思っているし、多分レトルトやガッチさんもそう思っているのではないだろうか。

「まあ、でも早くしないと糺ちゃんから離れていきそうだよねぇ。相手に好かれているっていう自信が持てないみたいだし。」
「あー、確かにガッチさんの言う通りかもな。俺のこともずっとビジネスライクなんじゃないかって疑っていたし、それを払拭するまでにまじで時間かかったもん。」
「そうなん?それは初耳や。俺には『自分に自信が持てない』って言っていたけどねぇ。」
「……なんでお前らそんなに糺のこと詳しいの?」
「なんでって……、」

 うっしーの事、相談されているからとレトルトは平然と言ってくる。そしてキヨは自身の経験談で、ガッチさんは糺を見ていれば分かると言う。……は?なにそれ。

「うっしーが糺ちゃんを好きな事は勿論言っとらんよ。」
「俺もそれは言ってない。」
「勿論、俺も言ってないよ。」
「いや、そこじゃなくて、いや、それも大事だけど、待って?」
「うっしーめっちゃパニックじゃん!」

 ゲラゲラとマイク越しに大笑いをしているキヨの声を聞きながら冷静になろうと頭の中を整理する。糺は三人に俺の話をしていて、それを踏まえた上で三人は糺が離れるのではないかと言う結論を出している、と言う事で間違い無いだろうか。

「まって、困る。糺に嫌われたら終わる。」
「いや、嫌いにはならへんよ絶対。嫌いにはならへんけど、うっしーからは距離をとると思う。」
「決定打にかけたらそりゃ様子みるよねぇ。」
「でも相変わらず俺とレトさんとガッチさんとは遊ぶんだろうなぁ。」
「ちょ、ちょ、まって?理解ができない。」
「糺ちゃんは遊ばれているんじゃ無いかって不安なんよ、多分。ちなみに牛沢さん。貴方糺ちゃんから『牛沢さんって、女慣れしてますよね』って言われとるからね?」
「してねぇよ!」

 何その誤解と言えばレトルトは「俺に言われても」と匙を投げる。そのまま今度否定してくれと頼めば「どうしようかな」なんて言うから気が気じゃない。

「あー、さすがにからかいすぎたかぁ……?」
「まあ、あの反応にちょっかい出したくなるのはよく分かる。」
「せやねー。あーあ、俺にも居らんかな、糺ちゃんみたいな子。」
「俺も欲しいけど、糺はいらないや。」
「高望みすぎやないの、キヨくん?」
「えー?そんな事ないと思うけどなぁ?」

 ガヤガヤと賑わう会話を聞き流しながら思い出すのはあの雨の夜の日。結局雨が弱まる事はなく俺の家で夜を過ごした糺がその時だけはあまりにも無防備で、

「あー、そう言うことか。」
「え?何?うっしーは何を納得したの?」
「いや、糺に女慣れしてそうって思われそうなこと一個したな、と思って。」
「何?」
「この間の雨の日に泊めたって話したでしょ?あの時、糺がソファで寝るって譲らないから、そんなに俺と一緒にソファで寝たいの?って言ったんだ。」
「あー、」
「それは、」
「あーあ、」
「あの時眠すぎて何も思わなかったけど、今思えば恥ずかしいな、俺。」

 三者三様の反応ではあるが三人から責められているのがよく分かる。いや、俺も意識して行ったわけじゃなくて、どうにか糺にベッドで寝てもらおうと思って、いや、待って、これも語弊がある気がする。

「……俺のせい?」
「せやね。」
「糺も大変だな……。」
「若いっていいねぇ。」

 いや、そこじゃない。今必要なのそこじゃないでしょ!と言えば三人は大爆笑。他人ごとだと思いやがって……。でもこれでわかったことがある。それは糺に誤解をされてはいけないということだ。既婚者だと思っていたから遠慮されていたし、今度は女慣れしていると思われているせいで距離を置かれそうになっている。とても辛い。これは早急になんとかしなければ。

「ちょっと俺頑張るから。本当に。ここまできて距離置かれるとかないわ。」
「先に言っとくけど俺ら三人は糺ちゃんの味方やからな。」
「まあ、確かに本人が誤解解かないと意味ないだろうしな。うっしー、ガンバ!」
「聞かれたらそれとなく言ってはみるけど期待はしないでね?」

 そう言って三人は時間だからと通話を切るので一気に部屋が静かになり急に寂しくなる。パソコンの電源を落としてベッドに寝転び通話の内容を思い出す。

「あー、何してんだ俺ぇ……。」

 自分がしでかした事に頭を抱え、どうやって糺の勘違いを解こうか考えながら気づけば朝を迎えていた。


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