君のせいで不安定



 シャワーを浴びてスッキリしてから、ことの重大さに気づき風呂場で絶叫したせいでキヨが風呂場に駆けつけてくれたがもうそれどころじゃない。なんで私は牛沢さんとレトさんが来ているのにそっちのけで自分のことをしているんだ。

「糺!とりあえずなんか着た?開けていい?大丈夫?」
「え、あ、ご、ごめん!虫がいて、びっくりしただけ!もう水で流したから大丈夫!」

 なんだろうこの状況。恥ずかしすぎる。色々と。
 みんなにごめんと伝えて欲しいと扉越しにキヨに伝言を託し、シャワーの元栓を閉める。ポタポタと髪から滴る水気を切って頭を抱えた。

「本当、何やってんの……私……。」

 色々あって疲れていたにしろこれはないと自己嫌悪しながら体を拭いて服を着る。本来ならばそのまま髪を乾かすが、先程の騒ぎを心配している可能性を考えて乾かす前に大丈夫だと言いに行ったほうがいいかと思いペタペタとを裸足のままリビングへ向かえばそこには牛沢さんしか居なかった。

「あれ?キヨたちは?」
「下のコンビニで殺虫剤買ってくるって言って出てったよ。」

 俺はお留守番、とビールを片手にテレビを見ている牛沢さんが自分の隣を軽く叩き「こっちおいで」なんていうものだからドキドキしながらお隣に座る。その時はじめて私を見たのか少しだけ驚いたような顔をした。

「おいおい、風邪ひくなよ?」
「大丈夫だよって言ったら乾かそうと思っていたんですけどまさかの報告相手がいなかったっていう……。」
「まあ、あの悲鳴は流石にビビったけど何事もなくてよかったよ。虫、苦手なの?」
「す、すみません。」

 原因は貴方ですと口が裂けても言えるわけがなく思わず目を逸らしてしまい、その様子に牛沢さんは不思議そうな顔をしていたが見なかったことにした。すると何を思いついたのか牛沢さんは私の頬に指を滑らせる。

「ひぅ……!?」
「ぶはっ!どっ、どんな声だよ!それ!」
「な、ななな、なんですか急に!?」
「あー?いや、今すっぴんなのかな?って気になったから。」
「あ、」

 牛沢さんの言葉に身を固くした私になんとなく察したらしい。すっぴんかぁと念を押すように呟いた牛沢さんはやはり意地悪な人だ。遅いと分かっていても言われてしまえば恥ずかしいもので両手で顔を隠し「見ないでください」と小さな抵抗をすれば、もう見たよと言う楽しそうな声色が耳に届き顔が熱くなる。

「隠すほどのものでもないでしょ?普通に可愛いよ。」
「ううううう……!」
「ていうか、普段と変わりないでしょ?薄化粧なんだし。」
「なんで知っているんですか……!」
「キヨから聞いたし、普段からずっと見てるんだし分かるよ。」

 その言葉にキヨは後で締めると心に決めて指の間からちらりと牛沢さんを見ればバチりと視線が交わった。その瞬間にニヤリと微笑みを深めて牛沢さんは私に手を伸ばし、顔を覆っていた私の手に手を重ねる。

「この手をどけて欲しんだけどなぁ。」
「いやです!」
「えー?ちゃんと人の顔見てお話ししなきゃダメでしょ?」
「いーやーでーすー!」
「そっかぁ。ダメかぁ。」

 じゃあ実力行使でもいいよねと言う呟きと共に重なった手がするすると手首に移動し弱い力で引かれる。触れたことに驚いていとも簡単に顔を隠していた手は外されてしまう。顕になった顔を見て牛沢さんは満足そうに微笑んだ。

「うん、大丈夫。糺はそのままで十分可愛いよ。」
「……、」
「糺?」
「……そう言うこと、誰にでも言うんですか?」

 ぽろりと口から出た言葉は紛れもない私の本心で言ってからなぜ口に出したのかと後悔する。問われた牛沢さんも予想外だったのか目を瞬いて黙ってしまった。じわりと溢れ出そうになる涙に唇をキュッと噛み締める。なんでこんなバカなことしているんだろう。

「ご、ごめんなさい!なんでもない、」
「糺は、俺がどんな人だと思ってる?」
「えっ?」
「俺のこと、どう思っているの?」

 どう、って、そんなの――。

「ただいま〜!糺!生きてる?」
「糺ちゃんもう大丈夫や、で……あっ、」
「っ、か、髪乾かしてきます!」

 今、私は何を言おうとしていたのだろうか。レトさんたちが帰ってこなければそのまま好きだと言っていただろう。それよりも去り際の牛沢さんの真っ直ぐに見つめてくる瞳が少しだけ艶っぽくて……、

「ああああああ……!」

 鏡の中の私が真っ赤な顔をしていたのは言うまでもなかった。

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