逃げ道は言葉の裏



 次の日の朝、ふわりと歩く度に揺れるお気に入りのワンピースを見てちょっとだけ後悔する。その服を選んでしまうあたりやはりどう頑張っても牛沢さんによく見られたいという願望が丸出しだった。
 そんなことを考えながら目の前でわちゃわちゃと何かをしだした三人にカメラを向ける。今日はキヨ考案の実写撮影のカメラマンとして参加するため幾分かいつもよりも緊張していた。

「よーう、みんな。今日はレトさんとうっしーと一緒に外で遊ぶぜ。そんでこの小さいカメラマンは顔出しNGの天赦だ。ちゃんと俺の顔写せよ?」
「急なディスりやめて?これでも平均的な身長ですけど?」
「キヨからしたらみんな小せえだろうなあ。」
「それよりもなんで外なん?中でええやろ。」
「うるさーーーい!なんでもいいから!遊ぼ!」

 とりあえず入ろうと言って足を踏み入れたのはゲーセンでガヤガヤと色んな音が飛び交っている。下手をしたら三人の声が拾えないのでは?と思うが、まあ編集はキヨがするだろうしどうにかしてくれることを祈る。
 このゲーセンは一階は様々なクレーンゲームコーナーで地下に色んな種類の筐体コーナー、二階がプリクラという区分けがされていてとりあえず今は中身のない話をしながらクレーンゲームを見て回っていた。あのアニメが人気だ、とか、あのぬいぐるみが可愛い、とか、そんな普通の話をする三人はきっとカメラがいなければただの一般人にしか見えないだろう。特別なことなんてない、ただのゲーム大好きお兄さんの集まりだ。

「(楽しそうだなぁ……。)」
「あ、そうだ!天赦!」
「なあに?」
「どれが欲しい?ぬいぐるみ好きでしょ?」
「お、何?天赦ちゃんぬいぐるみ好きなん?じゃあ俺もそれにするわ。」
「いやいや、そこは俺がとってあげる流れじゃないの?」

 色んな音を聞きすぎてちょっと耳がおかしくなったのだろうか。理解できないまま今日の動画の主旨を思い出すが、どう考えても私は関係ないのでは?という結論しか出ない。しかし不思議そうな顔をしている私を見ても「どれがいい?」と聞いてくる三人は私の意見を聞いてくれそうな様子は見られず近くにあったよく分からない可愛いぬいぐるみを指定する。

「これの緑がいい。」
「赤じゃなくて?」
「黄色でもええんよ?」
「いや、なんでだよ!本人が欲しいって言ってるんだから緑でいいだろうが。」

 緑と聞いてレトさんの瞳が弓形に細められる。きっとマスクで隠された口元も笑っているに違いない。きっとなぜ私が緑を指定したのか見当がついたのだろう。クレーンゲームに張り付いた二人に見えないように「しーっ!」と人差し指を立ててれば、レトさんも同じような仕草をして楽しそうに笑った。
 緑は、牛沢さんの色だ。キヨが赤で、レトさんが黄色。ガッチさんが青で、私はオレンジ。だから私が緑を選ぶのをきっと不自然に思う視聴者も出てくるかもしれないが、少しだけ欲張ってもいいかな、なんて。

「天赦ちゃん、緑色好きなん?」
「ええ、……好き、です。」
「ふふ、そうかぁ。」

 私の「好き」がレトさんの質問とは違うことをきっと知っているのだろう。優しい声色で返事をしたレトさんに少しむず痒くなる。

「おい!天赦!早く来いよ!お前いないと写らねぇだろ!」
「レトルトも早くおいでよ。順番決めようぜ。」
「ふふ、お呼ばれされているので行きましょうか。」
「せやね。とりあえず行こうか。」

 今日の私はカメラマン。そう気合を入れ直し、三人をしっかりと写すことに専念した。

      ***

「キヨとレトさん、元気ですね。これからもう一本撮るなんて。」
「そうだね。俺、流石に疲れたちゃったな。」

 ゲーセンで満足するまで遊んでから遅めの昼食を取ってのんびりと駄弁った後、カメラをレトさんの家に行くというキヨに渡し私と牛沢さんは帰路についた。既に時刻は夕方で日が沈み始めている。

「本当に家まで送らなくて大丈夫?」
「大丈夫ですよ!いっぱいあるとは言え全部軽いものですし。」

 がさりと揺れるビニール袋には今日の動画でとった色とりどりのぬいぐるみが乱雑に入っている。三人は落としたぬいぐるみの大半を持ち帰らず私に渡してきたのでその分私が大荷物になってしまった。

「今日、楽しかったですね!今度はガッチさんも一緒だといいなぁ。」
「あの人、血が出ない動画なかなか撮らねぇからなぁ。」
「ふふふ、まあ、でも、こういう機会があるのってすごいな、って思います。キヨくらいですからね、実写を頻繁に撮るの。」

 まあ、よくわからないゲームで手だけを写して、なんて言うのは見たことがあるが、キヨがいる最俺のように全身を写した動画は実況者としてはまだ珍しい部類になるのではないだろうか。

「糺は顔出ししないの?」
「えっと、その勇気は、ちょっとでないと言うか……会社にバレたらどうしよう、って気持ちが強いですね……。」
「あー、そうだった。糺、会社員だもんな。」

 俺はもうやめたけど、と続いた言葉に牛沢さんは元々私のように働きながら実況者をしていたことを思い出す。ある日を境に急にツイッターでも仕事の話をしなくなったので忘れていた。大変だろ?という言葉に同意するものの、やはり好きなことではあるのでできれば続けていきたいと思っている。

「体には気を付けてね?」
「ふふふ、はあい。」
「本当、最初見た時細すぎて力入れたら折れそうって思ってたんだからね?」
「あ、の時は、本当にありがとうございました……!」

 今思い出しても頬が熱くなる。キヨの所為とはいえ初対面で抱きしめられるとは、誰が予想したか。急に忙しくなった心臓は正直で牛沢さんの顔が見れない。
 隣を歩いている彼は今何を考えているのだろうか。ドキドキと高鳴る鼓動と高まる体温が彼に伝わっていないだろうか。ちらりと見上げた横顔は楽しそうに夕陽に照らされていて思わず足を止めてしまう。

「糺?どうしたの?」

 急に足を止めた私を不思議そうに見つめてくる牛沢さんをじっと見つめ、少しだけ泣きそうになったのはなぜだったのか。それはきっと言葉の意味を牛沢さんが知らないと心のどこかで理解していたからだろう。

「優人さん、」
「……なあに?どうしたの?」
「星が綺麗ですね。」

 星なんてない、真っ赤な空に照らされた牛沢さんはその言葉にやはり首を傾げて、困った顔をした。やはり知らないかと言う納得感と同時にどうしようもない喪失感が私を襲う。

「急にどうしたの?まだ夕方よ?気早くね?」
「だって、言いたくなったから。」
「はあ……?」

 特に興味がなさそうな牛沢さんの顔に胸が痛む。
 けれど、どうかそのまま本当の意味に気が付かないで。

「なんでもないです。ごめんなさい。帰りましょう、牛沢さん。」

 これで、いい。意気地なしの私には丁度いい告白だ。応援してくれるみんなには申し訳ないが、私はこの距離を壊したくない。でもこの関係のままでいるのも嫌だ。だから、今日ここで、私は一度終わりにする。

「――星が綺麗ですね。」

 それが私の精一杯だ。


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