諦めるにはまだ早い



「はぁ!?フラれた!?」
「し、しーっ!そんな大声出さないで!」

 電車を待つホームで大声を出した灯里の口を思わず抑える。会社の人に聞かれていたら洒落にならない。

「え?何?遊ばれていたってこと?」
「そ、それも違うってば!彼は悪くないの!」
「そんな男庇う必要なんてないんだよ?むしろ殴りに行ってあげようか?」
「だ、だから、優人さんは悪くないんだってば!」

 どうやら私は話の持って行き方を間違えたらしい。珍しく灯里が激怒して今にも乗り込んでいきそうになってしまい、どうにかして宥めて話を聞いてもらう。

「あのね、前にアイラブユーの訳し方の話で盛り上がったでしょう?」
「今の推しは『君を夏の日にたとえようか。いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ』だよ!やばいよね!」
「はいはい、シェイクスピアね。借りた本に書いてあったね。」
「でもなーちゃんも気にいってるんでしょ?あの本買ったの知ってるんだから!」
「それは今はいいの!そこじゃなくて、えっと、私が優人さんに言ったのは『星が綺麗ですね』だったから、」

 多分告白されたことにも気付いてないと思う。
 そう素直に言えば、灯里の口がぽかんと開く。何も言葉は発していないが「何やってんの?」という思いがひしひしと伝わり居心地が悪くなる。

「自分でもバカだと思うから、やめて。本当。何も言わないで。」
「……なーちゃんは、それで納得しているの?」
「……どう、だろう。」

 わからないというのが正直な感想で、これからどうしたいのかもわからない。ただ、一つだけわかるとすれば、牛沢さんとの関係は、一方的な自己満足で出来上がったっていたということだろうか。
 私は、彼が好きだ。でも彼の隣は暖かすぎて、失うのが怖くなった。同業者という理由で他の女の子とは違う立場で彼の隣にいられることが嬉しかった。だから、その線引きを超えることを躊躇って逃げ出した。だから、これでいいのだと思う。
 灯里も私も一言も発することなく電車へと乗り込んで空いていた席へと座る。向かい側から見える景色はいつもと変わらず流れていく。星なんて見えない、外灯に塗れた夜の街。

「ねえ、なーちゃん。もしも、今、彼に彼女ができたらどう思う?」
「どう、って……。」
「正直に答えて欲しいの。」
「……どうも、思わない、なんて言えないなぁ。悲しいし、どうして、って思う。でも、それで優人さんが幸せなら、笑っておめでとうって言いたいよ。」

 考えただけで泣きそうになるが、もしそうなったとしても最初に諦めたのは私なのだからそういう運命だったのだろう。だから最後まで彼にバレないように隠し続けようと思うのは、決して強がりなんかではない。

「そんなの……、そんなの、絶対おかしいよ!糺、あんなに頑張っていたのに!彼のために、一生懸命、だった、のに、」
「あ、灯里!?」

 ボロリと大粒の涙を溢したのは私ではなく灯里で、ここは電車の中。つまり人の目が多い場所であり、多くの視線が刺さる。急いで鞄の中からハンカチを取り出して泣いている彼女の頬へ添えれば灯里はさらに泣き出した。

「あ、あざなの、ばか!どうして、もっと、じぶんを、だいじにして、よ!」
「わ、わかった!わかったから泣きやんで!?」
「ちゃんと、こくはく、しなさいよね!」
「わ、わかりました!わかったから!」

 泣き止ませるのに必死で灯里の言葉に適当に頷いてから、ふと気づく。今、彼女はなんと言っていたのだろうか。

「ふふふ、……頑張ってね?」
「こ、この小悪魔ー!」

 彼女の一言に全てを察し青ざめた私を見て灯里は上機嫌に笑っていた。私の決意は一体なんだったんだろう。レトさんにもフラれたとすでに報告済みなのにもう一度告白なんしてみろ。ただの未練がましい女になる。

「なーちゃんなら大丈夫。恋する乙女は無条件で可愛いんだから!」
「どうせ薄い本のネタにされるんだ……。」
「わかっていて私に相談してくるなーちゃんに言われたくないかな。」

 それについては仰る通りとしか言えず何も反論することができない。そうしているうちに灯里の降りる駅について「またね」と手を振って降りていく灯里の背中を見送る。急に周りが静かになったので音楽でも聞こうとスマホを手にとって、

「――え、」

 着信 佐々木優人 一件



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