最後になんかしたくない



 鮮やかなグリーンのロングスカートにストライプシャツとスニーカーを合わせて玄関の姿見を覗く。不器用なりに纏めた髪と普段より時間をかけたメイクも相まってそれなりに見えるのではないだろうか。
 昨夜牛沢さんからの連絡に気がついた後返信するか迷い電話をする勇気がなくメッセージで用件を聞いた。すると音沙汰がなくて心配していたという言葉から始まり、最後は一方的に「明日の十時にここで待ってる」と地図が送られてきて、詳しい内容もわからないまま今に至る。

「……これで、最後だから、」

 苦手なヘアアレンジも、手の込んだメイクも、この洋服を着るのも、彼に恋をするのも、これが最後だ。
 そう決意して鏡を見るが映っている自分は情けない顔をしていて、どう見ても今から好きな人に会いに行く顔はしていなかった。それもそうか。もう一度フラれに行こうとしているのに笑えるわけがない。でも最後に笑えなくても今は笑わなきゃ。決して彼に悟られないように。決して今後の活動に支障がないように。
 ――私に、悔いが残らないように。

     ***

 人工灯に照らされキラキラと輝く海を泳ぐ魚を眺めて糺は嬉しそうに笑いながらはしゃいでいる。「見たことある」とか「綺麗だね」なんて普段よりも砕けた口調で話していることに本人は気がついているのだろうか。気がついていなくても普段のように遠慮された堅苦しい言葉よりはこの方がうんと良い。
 人が多くてはぐれると困るからという在り来りな理由をつけて握った手は細く小さくて力の込め方を間違えれば呆気なく折れてしまいそうで変にドキドキしている自分がいる。これが初デートなわけでもないし、初恋なわけでもない。それでも緊張しているのは終わった後のことを考えているからなのだろうか。

「……さん!優人さんってば!聞いてます?」
「えっ?何?」
「もう!人の話聞かないで何考えてたんですか?」
「えーっと、……糺の事、って言ったらどうする?」
「ばっ、バカな事言ってないで魚見てください!」

 俺の言葉にプイっとそっぽを向いて先へ進む糺に笑いが込み上げる。耐えきれずにずっと笑っていれば「いつまで笑っているんですか」と拗ねる姿が可愛くてさらに口角が上を向く。
 我ながらずるいことをしている自覚は勿論あって、今日の約束も一方的に送ったが糺が来てくれる自信があった。なぜなら、休みの日を事前に情報を持っていたキヨから聞き出していたからだ。それに糺は本当に嫌な人からの誘い以外はほぼほぼ参加することを知っている。そして、何より、糺は俺のことが好きだから、実況仲間としての付き合いなら続けてくれるだろう。

「(まあ、それは俺の言い分でもあるけどな。)」
「あ、美味しいやつ!」
「ちょっと?糺さん?ここ水族館よ?寿司屋じゃないよ?」
「えー?でも優人さんもちょっと思うところはあるでしょ?」
「まあ、なくはない、けど……。」

 わざとその話題をふられているわけではないだろう。いつだかみんなで集まったときに見た水族館特集の時も同じことを話してレトルトと盛り上がっていた気がする。

「そういえば誘っといてなんだけど、こんな小さい都会の水族館でよかったの?糺の地元にもっといいところあるよね?」
「水族館に行きたかっただけだから場所はあんまり考えてなくて……一緒に来られたことが嬉しいからどこでもいいの!」
「そっ、かあ……。」

 ニコニコと笑う糺はその話題に対して興味がなかったのかそのまま水槽を眺め始め、俺は糺の言葉に動揺し顔に熱が集まる。手を繋いでいない方の手でパタパタと顔を仰ぐがすぐに熱が引くことはなかったがその間も糺は水槽に夢中で見られることはなかった。

「優人さん!次は熱帯魚ですって!」
「魚は逃げないからゆっくり行こうな?」
「ふふふ、はあい。」

 ふわりと幸せそうに微笑んだ彼女に心臓がトクンと脈打ち、やっぱり好きだなと噛み締めて今日の目的を思い返す。
 俺は君の遠回しの告白をもう一度聞きたくてここにいる。

「(だから、今度は逃さない。)」

 綺麗なものは星だけじゃないと、教える準備はもう出来ていた。

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