愛の言の葉



 楽しい時間が過ぎるのはあっという間で終わりの時が目の前に迫っていた。

「今日はありがとうございました!楽しかったです。」
「こちらこそ急に誘ったのに来てくれてありがとね。」
「急に来いって言われたのは流石に驚きましたけど、暇人なので誘われたら行きますよ。」

 これが牛沢さんでなければ行かなかったかもしれないけど、という言葉を伏せて笑えば牛沢さんも嬉しそうな顔をした。そして「また行こうね」なんていうものだからやはり期待してしまう。

「あ、糺の大好きなぬいぐるみ、いっぱいあるよ。」
「わあ!可愛い!」

 退場ゲート近くのお土産屋さんに並ぶ大小様々な大きさのぬいぐるみに目を輝かせれば繋がれていた手を離されてしまい思わず牛沢さんを見上げる。ぱちりと合わさった視線に「どうしたの?」と聞いてくる彼になんでもないとはぐらかしてぬいぐるみを手にとった。

「どれも可愛い!全部欲しい!でも置く場所もお金もない……悲しい……。」
「全部は無理だけど折角だし買ってあげようか?」
「それは恐れ多いので結構です。というか、優人さんは別の見ていてもいいですよ?選ぶの時間かかりますから。」
「いいよ、別に。見てるの楽しいし。糺は好きなようにしてて。」

 そう言って彼もぬいぐるみを手にとって眺め始める。時折「これ可愛いよ?」と言って私に見せてくる仕草が大変可愛らしい。動画内では見せない顔にドキドキしてしまうが、それを自分だけが見られていることに少しだけ嬉しくなる。

「大きいサイズはいつも憧れるんですけど、持ち帰り不便だし、部屋に置き場所もないしでいつも諦めちゃうんですよねぇ。」
「それじゃあ俺ん家に置いておく?そしたら毎日俺ん家くるようになるでしょ?」
「なんでそうなったんですか?行きませんよ?」
「ええ!?なんで!?」

 素で驚いている牛沢さんの意図が全く掴めない。なぜその発想に至るのか。良いように捉えてもいいのなら毎日来て欲しいということで、それは、つまり――、

「えー?じゃあこれは?」
「かっ、可愛い、ですねっ!」
「サイズ感もちょうど良くない?ちょっと持ってみ?」

 バクバクと破裂しそうなくらいうるさい心音が彼に聞こえていないか不安に思いながら手渡されるぬいぐるみを受け取ってそのままギュッと抱きしめる。さらっと爆弾を落としてくる目の前の男は何事もなかったように「丁度いいね」と笑っていて更に心音は加速した。

「わ、私、これにします!牛沢さんはどうしますか!?」
「あれ?もう名前で呼んでくれないの?寂しいなあ?」
「うぐ、ゆ、優人さんは!どうするんですか!……私に付き合ってくれていたので何も見てないですよね?」

 これでも頑張って意識して呼んでいたのだが、意識していないと本名を呼べないのは視聴者の悲しい性か、はたまた私の気持ちの問題か。ほんのりと赤くなったであろう私の頬を見て牛沢さんは楽しそうに笑いながら別のぬいぐるみを手に取った。

「お、俺はねえ、これかなあ。くくっ……!」
「もう!いつまで笑ってるんですか!」
「いやあ、だって糺が可愛い反応するからついいじめたくなっちゃうんだもん。」
「そういうこと言うからゲスって言われるんですよ。」

 遊ばれているのは十分わかっている。わかっていても好きな人に可愛いと言われて喜ばない女性はいないと思うんだよね。

「ふふ、何考えてるの?」
「優人さんのことですよ!」

 会計に向かいながら仕返しと言わんばかりに言葉を返してみるが牛沢さんは「そっかあ」と言うだけでノーダメージのようだ。流石にそれはそれで悔しいが普通に意識されていないような気がして凹む。

「糺が欲しがっていたぬいぐるみも買ったし、これで俺ん家に来る機会が増えるかな?ねえ?」
「適度に!行きますから!」
「実況の続きもみんなに期待されてるよ?」
「自ら寿命を縮めるスタイル嫌いじゃないですよ。」
「なんでそういう事言うの!」

 だって牛沢さんの苦手なジャンルじゃないですかとは言わなくても本人はわかっていて、それでも自分で言い出した事だからと続けてくれることには感謝しかない。本当に真面目でいい人だと思う。そう思うと同時に意地悪だということを忘れてはいけない。そうじゃなきゃこんなに振り回されることもないだろう。

「あ、見て。この間動画とった日もこんな感じだったよねえ。」

 この間。それは私が告白らしからぬ告白をしたあの日のことだろう。割と長い時間水族館にいたせいか外に出てみれば日が傾き始めていた。夜と言うには明るく、昼間と言うには薄暗い黄昏時。星も月もまだ顔を出さない時間。
 あの時と同じで夕陽に照らされた牛沢さんは楽しそうに笑っていてなんだかあの日を繰り返しているような錯覚に陥る。今ならもう一度口に出せるだろうかと思っていれば牛沢さんの歩みが止まった。

「優人さん?どうしたんですか?」
「うーんとねえ、……どうしたらもう一度聞けるかなあって考えてた。」
「もう一度って、何を?」
「この間、糺が俺に言ってくれた言葉。」

 牛沢さんのその言葉に呼吸が止まり、心拍数が異常なほど跳ね上がる。何のことですかと誤魔化そうと口を開いても喉は震えず無音だけが二人の間に漂った。真っ白になった頭ではどうしようもできなくて買ったばかりのぬいぐるみを袋の上から抱きしめる。

「ねえ、糺。」
「は、い。」
「言い訳になっちゃうけど、俺、意味なんて知らなくて適当に返しちゃったから、ちゃんと返事させて欲しいんだよね。」

 だからもう一度言って欲しい。
 そう言った彼の声は震えていて少しだけ目を見張る。彼も私と同じ気持ちなのだろうか。

「優人さん。」
「なっ、なん、ですかっ!」
「……ふふふっ、」

 緊張しているんですかと聞いてみれば彼は頬を染めながらバツが悪そうな顔をした。……ああ、この人も、私とおんなじなんだなあ。

「これが最後ですからよーく聞いてくださいね。」
「はい。」

 例え星に手が届かなくてもいい。
 この恋に後悔はなかったと言い切れる。










「優人さん、『星が綺麗ですね』」



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