裏話



 暇ならご飯いこ?とレトさんから連絡を貰ったのが数時間前。そして現在、居酒屋にはレトさんと私しか居らず何故か私と牛沢さんの話になった。あんな事があった、こんな連絡もらった。そんな話をしながら私はお酒を呷り、レトさんはソフドリをちびちびと飲んでいる。

「なんというか……大変やね?」
「そーなんですよ!もうほんと牛沢さん女慣れしすぎじゃないですか⁉」
「そういう所が嫌?」
「嫌というか年の差感じますね……経験値の差っていうか……もうドキドキしちゃってそれどころじゃないんですよ!」
「むしろ俺はなんで糺ちゃんがそこまで免疫ないかが気になるわ。」
「レトさんに言われたくない。」
「そういうこと言わんといて!普通に傷つく!」

 免疫とか壁システムを実装しているレトさんには言われたくない。レトさんがガチコミュ障ということは知っていて女の子とまともに喋れないということも知っている。

「でもだからこそ不安なんですよね……牛沢さんに幻滅されそうで……。」
「なんで?」
「だって、私、料理は簡単なメニューしか作れないし、掃除も嫌いだし、おしゃれじゃないし、流行に疎いし、甘いもの好きじゃないし、うるさくて口が悪いし、行儀だっていいわけじゃないし、他にも色々……私は『女の子』からは程遠いから。」

 そういう自覚はあるし、言葉に出せ出すほど気分は沈む。自分に自信なんか当然ない。世間が求める理想論なんて私は知らないと目を逸らして逃げてきた。

「いい子でいればいるほど本当の自分を見せられない事なんてわかってる。でも好きな人の前でいい子でいたいのは当然でしょう?だって、嫌われたくないもの。」

 私のことを好きじゃなくてもいい。だって、嫌われる方が怖いから。でもそれも今の私を見てそう思っているだけで、実際の私を見られたらそこで終わるのだろう。
 別にそれを理解してほしいわけではなくて、ただありのままを受け止めてほしいだけ。でもそれが難しいと知っているから私が逃げているのだ。だから、結局私の問題。

「好きな人には可愛く見られたいいの。そこだけは立派な『女の子』で、でも結局その『女の子』に拘っているのは私だけ。私が私を追い詰めてる。……そんなの、昔から知ってるよ。」
「それでええやん。糺ちゃんは糺ちゃんやろ?」
「……人の話聞いてた?」
「勿論。その上で、相手のことをちゃんと考えられる優しい糺ちゃんも、卑屈な糺ちゃんも乙女な糺ちゃんも、ぜーんぶ纏めて糺ちゃんやろ?って話。その気持ち、そのままうっしーに伝えたらええんよ。不安も期待も全部包み隠さず『糺ちゃん』を伝えるんや。」

 そう言ってレトさんは優しく微笑んで私の手を握った。「大丈夫、大丈夫」と何度も言い聞かせるように呟く言葉にじわりと涙が滲んで視界が歪む。こんなダメな私でも、受け入れてもらえるだろうか。

「わ、私、怖い!こんなに誰かを好きになったこと初めてで、失望されたらどうしよう!生きていけない……!」
「その激重感情も教えてあげなよ。多分うっしーのことだから喜ぶよ。」
「そんなことある⁉」

 貴方にフラれたら生きていけないなんて本人に言ったらそれこそ何も言わなくても終わる気がする。絶対レトさん面倒臭くなって適当になってるでしょ、と言ったところで涙が引っ込んだことに気づけばレトさんが得意げな顔をした。

「どう?少しは楽になったでしょ?」
「レトさん……。」
「ほんま糺ちゃんは手のかかる妹やねぇ。お兄ちゃん心配やわぁ。」
「えーん……お兄ちゃん……優しい……好き。」
「もっと言ってくれてもええんやで?」
「神さま仏さまレトルトさまぁ!ありがとう!」
「……糺ちゃんもしかして酔ってる?」
「……ちょっと、ね。」
「糺ちゃんの『ちょっとね』は信用ならんのよ。いい時間だしお会計して帰ろ!」
「はあい!」

 ぽやぽやする頭でレトさんに言われたことを反芻し、少しだけ気分が和らぐ。その言葉通り、自分をちゃんと伝えられる日がくればいいなと密かに願った。


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