裏話



 突然降ってきた雨に「納まるまでいればいい」という牛沢さんのお言葉に甘えたは良いもの、ザアザアと雨足は強まるばかりで私は帰るタイミングを完全に失っていた。そして見かねた牛沢さんが宿泊許可をくれた事で私は無事ずぶ濡れになる事はなかったのだが……。

「(これはどう考えてもやばいのでは?)」
「実況部屋以外は好きに使っていいからね。お風呂はどうする?」
「き、着替えもないので明日お家に帰ってからにしま、あ、」
「何?」
「え、あ、その……、」

 考えついた事に一人で変な声をあげ、ツイっと視線を不自然に動かした私に首を傾げた牛沢さんに申し訳なくなるし、これを聞いてあったとしたら私は立ち直れない気がする。もしあったとして、それは元カノのものか現在の彼女さんのものだろう。そんなの無理だ。

「な、なんでもない、です。はい。」
「絶対大丈夫じゃないでしょ?どうしたの?」
「うっ……、……化粧落としとかって、あったりしませんよね……?」
「あー。」

 そういうことねと呟いた彼にドキドキと心拍数が跳ね上がる。聞いておいてなんだがあったらいいなという気持ちよりも圧倒的になくていいと思ってしまう。別に一日くらい我慢できるから!と心の中の私が必死に叫んでいた。

「ごめん、流石にそれはないな。」
「ですよね!ごめんなさい!変なこと聞いて!」
「必要なら買ってこようか?」
「一日くらい大丈夫です!」

 大きな声でよかったー!と叫びたい衝動を抑えてにこりと微笑みを作る。少しだけ困ったような表情をした牛沢さんに内心で謝り、何げない話題に話を変えた。

         ***

 夕飯を済ませた後時間があるからと実況の続きを撮っていれば時計は二四時をとうに過ぎ、雨音も聞こえなくなっていた。もう少し早く晴れてくれていれば終電で帰れたのになと思う反面彼の家に泊まれることに喜んでいる自分もいる。そして遅い時間になってしまったからもう寝ようと牛沢さんがリビングへと毛布を持ってきたので手を差し出せば不思議な顔をされてしまった。

「寝るんですよね?」
「寝るけどこれ俺のだよ?」
「牛沢さんのお部屋ここじゃないですよね?」
「俺のベッドは糺が使っていいよ。ソファじゃ体痛めるでしょ?」
「家主を差し置いて使えませんけど⁉」

 客用の布団がないからどちらかはソファで寝なければならないということは牛沢さんに聞いていたので問題ないがまさかソファで寝るのが家主であるとは誰が思ったか。ソファでも問題ないと主張する私に彼が首を縦にする様子は一切ない。

「牛沢さんのお家ですよ、ここ。しかも私の宿泊は急すぎますから全然ソファで問題ないんですよ?」
「ダメ。糺はベッドで寝て。ソファで寝たら体壊すよ?」
「それは牛沢さんも一緒です!」

 俺が、私が。その押し問答がどれくらい続いた時だっただろうか。少し不機嫌になった牛沢さんの口から擦れた声がでた。

「そんなに俺と一緒にソファで寝たいの?」
「……⁉」

 ぞわりと背筋に寒気が走る。眠たそうな瞳の中に別の感情が見え隠れして、でもその正体までは掴めない。敵意とは違ったそれに本能が反応して半歩ほど後ずさった。

「べ、ベッド、お借りしま、す……!」
「部屋の位置わかるよね?」
「大丈夫です!おやすみなさい!」
「ん、おやすみ。」

 私が折れたことで先ほどの不機嫌さがなくなったのかフニャりと滅多に見せない柔らかい笑顔を浮かべ牛沢さんはソファの上で身を丸める。その様子を眺めてからリビングの電気を消して私は牛沢さんの部屋へと向かった。


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