勝てない相手



「糺ってさあ、それ自分で開けたの?」
「え?」

 それと言って牛沢さんは自分の耳元を指でたたくので私もそれに倣って耳元に触れば固い物が指に触れ納得する。

「ピアスのことですか?」
「そう。自分で開けたの?」
「いえ、ちゃんと病院に行きましたよ。初めてって怖いじゃないですか。」
「怖いなら開けなきゃいいのに。」
「『可愛い』には勝てないんですよ!それにピアスの方がデザインもいいし、外れる心配も少ないんです。」
「でも痛いんでしょ?」
「そりゃあ、人体に穴開けるので、」
「言い方が怖い!」

 ヒィと情けない悲鳴をあげて顔を顰めた牛沢さんが面白くて「開けてみます?」と聞けば断固拒否されて笑ってしまった為、彼の期限が若干悪くなる。興味があるから聞いたのかと思えばそうではないらしい。

「ピアッサーがあれば病院に行かなくてもあけられますよ?」
「なんで開けようとするの!?」
「話を聞くってことは興味があるのかな?と思って。」
「ないない。ないです。穴開けるとか無理。」
「開けるときね、耳元でばちーん!って大きな音なるからびっくりするの!」
「まって。聞いてないから!そういうこと聞いてないからね!」

 後からじわじわ痛くなるっていうか、と言えば牛沢さんの表情が引いたようなものに変わる。なぜそこまでして開けるのかと声に出さなくても聞こえてきて私はくすくすと肩を揺らした。その様子に彼は私に遊ばれていると察知したのか色白い頬を少しだけ赤らめた。

「あー、もう、糺ちゃんはそういうことしちゃうんだぁ?いいのかな?財布は俺が持ってるんですけどぉ?」
「牛沢さんに奢られなきゃ生きていけないほどか弱くないんで大丈夫ですよ。」
「そうだ……、糺はそういう女だったな。」
「ええ、そうですよ。だから可愛げを求められても困ります。」

 そう口では言いながら内心ではすごく焦っている。牛沢さんのあの言い方から多分昔の彼女とは奢りデートをしていたのではないかと無駄に考えていた。元カノと比べられていたらどうしよう死んじゃうと半泣きになっていればじっと牛沢さんが私を見つめる。

「んー、」
「な、なんでしょうか。」
「どうやったら糺が甘えてくれるかな、って。」
「……殺される?」
「なんで!?」
「あ、」

 思わず飛び出た言葉に自分でもビックリして動きが止まる。いや、でも、これ私は悪くないと主張したい。だって急に牛沢さんが変なこというから、と考えてからもう一度言われたことを思い出せばカッと顔が熱くなる。この人は本当に私を弄ぶのがお上手だ。

「んふふ、糺は本当に分かりやすいな!」
「嬉しそうに言うなバカ!」
「えー?そこが可愛いのに?」
「馬鹿にしてますよね?」

 どんなに頑張っても彼のペースから脱せた試しがなく、今回もどうやら完敗のようだ。
 熱い頬を冷ませないかと残ったミルクティーを飲み干して外を見れば見慣れた三人が見えて牛沢さんに伝えれば「そろそろ行こうか」とコーヒーを飲み干して席を立ちカフェを後にする。そして結局会計はすべて彼が払ったので私は次回こそ自分で払うと謎の決意をした。


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