タイミングは人それぞれ



 くだらない雑談だったと思う。昼休憩の暇つぶし。華やかなお菓子なんかなくて、そこにあるのはただのお弁当。あの人がどう。あの仕事が、関係者が、上司が。そんな在り来りな女子の好きな噂話が花咲くだけの昼下がり。そこで誰かの恋愛話が飛び出て盛り上がっただけ。そう、それだけなのだ。

「それで?糺ちゃんはなんて答えたん?」
「……お誕生日プレゼントに彼の苗字が欲しい、って言ったらどう?って言いましたけど。」
「おう、まさかの大胆さだった。」

 彼が結婚してくれないなんて、割とどこでも聞く話。どうしたらいいのかな、なんて、そんなの人それぞれだけど、言われないのならこっちから言えばいいだけの話だ。どうしても言われないのならそれは諦めた方が早そうだけど。

「それ、自分が使おうとしてたんじゃないの?」
「どう、かなぁ?あまりそういうこと考えたことなかったや。」
「でもすぐに思いつくあたり、思うところがあるんやろ?」
「さあ?ただの少女漫画の読みすぎだと思うけどね。」

 そう言って手元のグラスを揺らせばカランと氷が音を立てる。それに合わせてちゃぷりと揺れた烏龍茶がどこか自分のようで見るに耐えずぐいっと一気に飲み干した。

「まあ、糺ちゃんとうっしーは元から距離が近いから想像しにくいのかもね。」
「……そういうもん?」
「そうそう。気にすることないって。糺ちゃんが好きなタイミングでうっしーに言えばええやん。指輪ちょーだい、って。」
「ふふふ、」

 レトさんの言葉に少しだけ救われた気がする。別に今すぐじゃなくてもいい。周りは色々言うけれど結局は自分たちのタイミングがあるのだから。そう思って床で寝ている牛沢さんの手へ軽く触れる。その手は彼も私もお酒を飲んでいたせいかいつもより暖かい気がした。

「いやあ、でも意外やわ。俺、2人の結婚秒読みだと思ってたのに。」
「それはないでしょ。仕事の都合もあるし、一緒に暮らしてみないと分からないこともあるでしょ?」
「そういうもん?」
「そういうもん。」
「でもうっしーになんかそれっぽい事言われた事ないの?」
「それっぽい、こと……。」

 言われたけど、あれは、多分、そういう事にカウントしてもいいものなのか怪しい。
 俺のところにおいでよ。
 彼が言ったその言葉を胸の中で転がして、私は視線を彼へと落とす。あの時、彼がどんな表情をしていたのかはわからない。でも、あの言葉に嘘は感じなかった。

「幸せそうな顔しちゃって〜!もう〜!やっぱ言われてるんじゃないの?」
「……身一つでおいで、って言われたことはあります。」
「まじで!?」
「ふふ、秘密ですよ?」
「うん、秘密ね。わかった。……あ、ていうか、もうこんな時間か。」
「え?嘘!」
「やっば!俺ら徹夜じゃん!」

 そう言って笑うレトさんに見せられた時間は朝の6時を迎えようとしていた。動画を撮り終わったあと飲んで騒いで気づいたら朝を迎えるなんとも不健康極まりない生活をしてしまい休日明けの仕事に影響しそうだなと少しだけ頭を抱える。

「軽く片付けてからみんなのこと起こしてファミレスにでも行こうかねぇ。」
「そうですね。そうしましょう。」
「とりあえず糺ちゃんは先に身支度整えてきてええよ。俺先にやっとくし。」

 その言葉に甘えて部屋を離れた私は、牛沢さんが実は起きていてレトさんとの会話を全て聞いていたことには気が付かなかった。

「うっしーやるやん。」
「や、でも断られてるからね。それ。」
「なんで?」
「ちゃんと社会人として生きた上で側に居たいんだってさ。」
「ほーん?側には居てくれるんやね?」
「そ。だからちょっと待つことにしたわ。」
「ええなあ、俺もそういう計画立てたいわあ……。」
「お前はまず相手を作らねえとな!」
「リア充滅びればいいのに……。」

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