仕返しなんてできっこない



「糺?……寝てる?」

 編集を終えてリビングへ戻れば糺以外の話し声が聞こえて不思議に思いながらもドアを開ければ床に寝転がっている糺が見えた。彼女の手元にはスマホがありどうやら話し声の原因はずっと流れている動画のようで、それを止めるためにスマホを拾い上げれば聞き覚えのある声と見慣れたアイコンが見えて思わず苦笑する。

「こいつ、ホラゲー見ながら寝落ちしたのかよ。すげえな。」

 心臓に毛でも生えているのか、はたまた単に飽きたのか。とりあえずスマホの画面を閉じて机の上に避難させてから糺の様子を見守るがやはり起きる気配がない。眠り続ける糺を起こすのは一苦労なのでこのまま起こさず寝室から毛布を持ってきてかけてやるのがいつの間にか暗黙のルールになっていて、そのまま自分も一緒に寝るか、起きるまで隣でゲームをするのだが、今日はどうしようかと考えていればもぞりと糺が寝返りを打った。

「ん、」
「あれ?起きちゃった?」
「んん……、」

 起きたら起きたで全然問題はないのだが糺は唸っただけでどうやら起きてはいないらしい。子供のように体を丸めて時折よくわからない寝言をとなえている彼女を見ているのは面白いが今日はどうやら様子がおかしいようで眉間に皺を寄せて魘されている。

「糺?おーい、糺さーん!大丈夫か?起きろ〜!」
「……はっ……⁉」
「あ、起きた?」
「あ、れ?」

 ゆうとさん、と舌足らずに俺の名前を呼んで、意識が覚醒しないまま糺は仰向けに寝転んで深呼吸をし、胸を押さえた。魘されていたせいでうまく呼吸が出来なかったのか若干息が乱れている。

「大丈夫?」
「……死ぬかと、思った……。」
「ガッチさんの実況見て寝るからそうなるんだよ。」
「だって声が心地よすぎて眠くなるんだもん。」

 あれは良い睡眠導入剤だよ、と緩く微笑んだ糺に他意はないだろう。そこまで考えて発言できるような器用さを持ち合わせている女ではないのは十分に理解しているつもりだ。それでも思うところはあるわけで、

「俺よりガッチさんの方がいいの?」
「うん?」
「俺じゃ、だめ?」

 思わずでた声は予想よりも遥かに情けなく、自分で言っておりて何だがすごく恥ずかしい。寝転んだまま俺を見上げる糺の視線に耐えきれず顔を逸らせば下からくすくすと愛らしい笑い声が聞こえてきた。

「今日はこれから雨でも降るんでしょうかね〜。」
「遠回しに珍しいって言うんじゃねえよ。」
「いいじゃないですか。」
「よくない。」

 その問答にじわじわと顔に熱が集まる感じがして更に恥ずかしさが増してくる。言わなきゃよかった、と小さく零せば糺は「もっと言ってくれてもいいのに」なんて調子に乗って嬉しそうに笑った後、起き上がって俺の耳元で囁いた。

「牛沢さんの声は聞いているだけでドキドキしちゃうので眠れないんです。だから、」

 ーー貴方だけ、特別です。

 そう言って糺は何事もなかったように涼しい顔で飲み物を取りに行く。そしてその間に俺は言われた言葉をゆっくりと脳内で反芻して床へと倒れ込んだ。

「ちょっとぉ……!」
「あははは!」
「くそぉ……!やられた……!」

 燃えるように熱くなった顔を晒すわけにもいかず床に蹲ることしかできない俺を見て糺は「いつものお返しです」と楽しそうな声をあげる。多分今の彼女は勝ち誇ったような顔をしていることだろう。

「後で覚えておけよ!」
「敗北フラグを回収しそうなセリフですね。」
「……今夜覚えとけよ。」
「さあ、何のことやら。分かりかねますね。」
「よし、じゃあ今やる。」
「え、」
「やられたら倍にして返さないとねえ?」

 体勢を戻し「ね?」と強調して聞けば糺は何も言わずマグカップを机に置いてドアへと直行したので俺もすかさず立ち上がりドアを開けようとした糺の手を掴んだ。

「やだなあ。そんなに嫌がることないでしょ?」
「わ、私、寝直したいので、」
「奇遇!俺も寝室に行こうと思ってたんだよねぇ。」

 じゃあ、行こうか!
 そう言って俺は糺を廊下へと連れ出して寝室へと足を進めた。


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