君のせいにはできない



 は、と目を見開いて飛び起きる。バクバクと激しく鼓動する心臓を服の上から押さえてぐるりと寝室を見回せば、見慣れた寝室にゆるりと緊張が解けた。

「なに、いまの。」

 夢の中で大きく響いた音と向けられた冷たい視線が脳裏にこびりついて離れない。うまく吸えない呼吸を誤魔化すようにため息をついて自分自身を抱きしめた。
 夢の内容はすでに忘れている程度の曖昧で無意味なもののはずなのにどうも恐ろしくてもう一度眠る気にはなれない。

「……水、飲みに行こう。」

 カラカラに乾き切った喉を潤せば少しは余裕ができるだろうか。そんなことを考えながらスマホの明かりを頼りに暗い廊下を歩いていればキッチンの電気がついており静かにドアを開ける。すると珍しく優人さんが冷蔵庫の中を物色していた。

「優人さん?」
「あれ?糺、どうしたの?」
「どう、って……、」

 それはこっちの台詞なんですけど、と続けようとして別の事を思い出し言葉が止まる。
 ――ああ、そうだ。

「喧嘩する夢、見たんだ。」
「喧嘩ぁ?誰と誰が?」
「私と優人さんが。」

 そうだ。私が飛び起きた理由はそれだ。喧嘩した理由も場所も何もかも覚えてはいないが喧嘩したという事実だけは覚えている。そして、あの冷たい視線は優人さんから向けられていたことも。

「俺と喧嘩したいの?」
「できればしたくないですけど……。」
「だよね、俺も。」

 穏便に行こうぜ、とふざけながらも慰めるように優人さんは私の髪を優しく梳いて笑った。その表情に完全に安心した私の目から涙が一粒零れ落ちる。

「えっ⁉俺何かした⁉」
「ちっ、違います!ただ、安心した、から、」
「ほんと変なところで心配性なんだから……毛布もって実況部屋においで。」
「え?」
「今録画休憩中だから一緒に話そう。あいつらもいるし、ね。」
「でも、飛び入りは迷惑じゃない?」
「じゃあ聞くけど、今一人で戻って寝られるの?」

 その言葉に「はい」ちは言えず口ごもれば優人さんが持っていた飲み物を手渡され、そのまま背を押されながら実況部屋へと連れていかれる。「ここで待つこと」と念を押しながら彼は寝室へと向かい毛布を持ってきてくれた。

「ここで寝てもいいけど風邪ひくなよ。」
「またそういう無茶なこと言う。」

 連れてきたのは優人さんなのに、と隠さず文句を言えば彼は聞こえないふりをしてパソコンを弄り始めたので私は諦めて床に座って毛布にくるまり賑やかな声に耳を傾けた。


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