本人もいますけど



「う、わ……!」

 ヘッドホンから流れる機械音声に驚いて言葉が漏れる。聞きなれた声にそっくりに作られたそれにキュッと心臓がつかまれた気がした。

「ひぇぇ……!すごい……!」

 絶対に本人はこんあんお歌わないけど、という感想は置いておいて普通に感動して関連動画を漁る。人力UTAUと呼ばれるそれらは本人の声を切って貼って曲にするものだ。しかし扱いは難しく本人に似せるのことは至難の業。しかし、似ている。本当に本人が歌っているようなものがいっぱいある。なんだこれは。

「はあ……、やっば……。」
 才能の塊を目の前に完全に語彙力を失ったオタクそのものだが元々私は視聴者側。つまり誰かが作った素晴らしい作品を心行くまで堪能し布教する側で、その素晴らしい作品を探し出す側ということだ。語彙力なんて持っているはずがなかった。

「はー……。」
「何聞いてんの?」
「はぎゃ!?」

 何かを話しながらぬっと横から現れた顔に驚いて咄嗟にスマホを背に隠して停止ボタンを押す。音が鳴らなくなったヘッドフォンを取り上げる優人さんに何を見ていたかばれていないだろうか背なかに冷や汗が伝った。

「何?いかがわしいものでも見てた?」
「い、いかがわしくはない、ですけど、」

 いや、ある意味いかがわしいかもしれない。いや、いかがわしくなんて決してないが本人にこういった類のものを知られるのは個人的なファン心理としては、なんというか、こう、

「じゃあ俺が見たっていいよね?」
「え?」
「え?」
「……え?」

 よくない、と出そうになった言葉を咄嗟に飲み込んで「どうして見たいんですか?」と取り繕えば何故か牛沢さんが焦り始める。

「えっ、あー、えーっとぉ、その……。」
「え?なに?」
「……言わなきゃだめ?」
「だめ。」

 言ったところで多分見せないと思うけど、ということは伏せて返答を待っていれば優人さんは色白の頬を少しだけ赤くして顔を伏せた。

「俺が、いる、じゃん……?」
「え?」
「ほっ、本人がァ!ここにィ!いるんですけどォ!」

 半ばやけくそに発せられた言葉に首を傾げた後、もしかして、と思い私が何を見ていたか知っているか聞いてみれば彼は気まずそうに小さく頷いてから「カラオケ、いく?」と聞いてくる。……なるほど。

「ふふふ!自分に嫉妬ですか?可愛いですね?」
「う、うるせえな!悪いかよ!」
「いいえ〜!大歓迎ですよお!」
「くそっ、馬鹿にしやがって……!」
「で?カラオケでしたっけ?いいですよ!いきましょ!

 ついでに録画して動画のストックにしたいと言えば「勝手にすれば」と返事があり、どうやら察しがよかった私に彼は機嫌を損ねたようだった。しかし録画が始まれば彼の気分は切り替わるだろうし、録画をしていなくても歌っているうちに忘れると思うので心配はしていない。
 ただし、見ていた動画のように彼は歌わないし、動画のような曲は生憎と彼のレパートリーには入っていないので代わりに私が歌って満足するのだった。


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