最悪のはじめまして



「よぉ、糺。元気?」
「…………元気に見える?」

 その言葉にキヨは吹き出して笑い出す。普段ならばつっこむところだが今日はそんなことを言う気力はわかない。笑っている男のせいで私はまさに死にそうになっていた。

「緊張しすぎじゃね?」
「絶望と緊張で死にたい、今すぐに。無理。吐きそう。心臓飛び出そう。」
「飛び出したら押し込んでやるよ。」
「そうじゃねぇわ、馬鹿野郎。」

 そんな会話を続けていれば目の前には扉。開けたらそこには緊張と絶望の原因がいるのだから開ける気が起きないのは許して欲しい。ほんと、無理。あの時の自分を殺したい。

「ただいまー。」
「え、あ、ちょ、ちょっと!キヨ!待って、待ってよ!」
「家の前でうるせーよ!早く入れって!」
「あ、ちょ、ま、待ってって言ってるで、きゃぁっ!?」

 うだうだと文句を言っていれば痺れを切らしたキヨに腕を掴まれて玄関へと放り投げられる。運動神経がいいとは言えない私は転ぶ事を前提にぎゅっと目をつぶり痛みを待つが、ボスっと何かに受け止められたため痛みはなかった。

「ったく、あぶねぇなぁ。……天赦さん、大丈夫?怪我してない?」
「……え、」

 頭上から聞こえたのは聞きなれた低い声。思わず身を固めれば笑い声が聞こえ、恐る恐る顔をあげればメガネ越しに切れ長の瞳と視線が交わった。

「こんにちはぁ、天赦さん。」
「………………、」
「あれ?おーい?」

 まさかの事態に体が言うことをきかない。早く目の前の彼から離れなければならないのにバクバクと脈打つ心臓が脳を支配して思考が麻痺していた。困ったように眉を下げている彼のためにも、はやく、はやく、はやく。
しかし、なんとか後ろに引いた足はいとも容易く力を無くす。カクリと折れた膝を強打することがなかったのは後ろにいたキヨが支えてくれたお陰であった。

「うぁ……!?」
「あぶねぇ!糺?大丈夫か?」
「だっ、大丈夫なわけ、ないでしょ!?何考えてんのよ!?」
「いや、ほんとごめんって!わざとじゃないんだってば!」

 あれだけの力で私がこうなるとは思わなかった、ということだろうか。いや、まあ、この際そんなことはどうでもいいのだ。それよりも、私は、今、どこにいたのかが問題であり、間違いなければ彼は、

「いやぁ、でもうっしーいてくれて良かったわ!」
「居なかったら大惨事だぞ、お前。天赦さんに何したかわかってんの?」
「それは……ほんとごめんな?大丈夫か?」
「……だっ、大丈夫じゃないよ!馬鹿ぁ!」

 大丈夫なわけが無い。なぜよりにもよって私を受け止めた相手が牛沢さんなのか。思わずポロッと涙が零れそれを見たキヨと牛沢さんが焦り始める。

「き、きよのばか!……ばかぁ!」
「えぇ!?糺!?マジでごめんってば!?え!?なんで泣くの!?」
「て、天赦さん!?大丈夫?どこか痛い?」
「ちょっと何騒いで、……え?」
「なんで天赦さん泣いとんの!?」
「っ、き、キヨのばかあ!ほんとにばか!」

 もっとちゃんと会いたかったわ!どうしてくれんの!?という思いを乗せてキヨにパンチを繰り出せば油断していたのかまさかのクリティカルヒットで「いてぇー!」という声が玄関に響く。

「ほ、ほんとに、悪かったって……。つーか、まじで殴っただろ、お前!」
「殴り足らんわアホ!」

 ギャンギャン大声でキヨに文句を言えばポンポンと誰かに頭を撫でられる。驚いて後ろを振り向けば「とりあえず落ち着いて中に入ろう」と緩く微笑むガッチさんの姿があった。

「うぅ……!ガッチさん、大好きぃ…………!」
「ふふふ、ありがとう、天赦ちゃん。」
「おい、ガッチさんだけズリぃんですけど。」
「まあまあ、とりあえず話の続きは中でやろう?ね?」

 鶴の一声ならぬガッチマンの一声。その声で私は半泣きのまま申し訳なさそうなキヨに連れられて家の中へと入った。


          ***


「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。」

 涙も引っ込んで少し落ちついた頃、天赦さんは綺麗な角度で俺たちに謝罪をした。元はと言えばキヨが悪いと口を揃える俺たちに取り乱した私も悪いと意見を譲らず、天赦さんは話で聞いていた通り頑固な性格のようだった。

「とっ、特に、牛沢さんには、ご、ご迷惑を、おかけ、して、」

 そう言いながらあの状況を思い出したのか顔を真っ赤に染める天赦さんに笑わずにはいられない。俺が玄関にいたのは誰が最初に天赦さんに会うかを決めるジャンケンで勝ったからであり、まあ、正直に言えば役得ってやつ?

「気にしなくていいよ。悪いのはキヨだから。」
「で、でも!」
「むしろ受け止められて良かったわ。」

 怪我もしてないみたいだしという俺の言葉に天赦さんは俯いて両手で顔を隠す。その様子にキヨはニヤニヤと笑い何かを天赦さんの耳元で呟けば天赦さんはビクリと肩を震わせた。

「な、なんで、それ、」
「この間言ってたけど、覚えてない?」
「………最悪……嘘でしょ?」
「ほんと、ほんと。はい、諦めて認めてくださーい。」
「……キヨを殺して私も死ねばいいの?」
「やだこのメンヘラ!!怖い!!」

 ていうか、そうじゃなくてぇ!とツッコミを入れているキヨは本当に楽しそうで少しだけモヤッとする。憧れの天赦さんを目の前に中々話せないせいだろうか。

「はい、改めて、自己紹介よろしく。」
「改めまして天赦です。先程のことはなかったことにしてください。よろしくお願いします!」
「じゃあ次は俺が。改めまして牛沢です。これからよろしくね。」
「俺はレトルト!天赦さん、よろしくな!」
「最後に知っているみたいだけど、俺がガッチマンです。よろしくね〜!」

 ひとりひとりの挨拶に軽く会釈をし「よろしくお願いします」と返事をする天赦さんはきっと律儀なのだろう。年上かつ実況歴も先輩にあたる俺たちに失礼がないようにしなければという意思が何も言わずとも伝わてくる。
「そんなに緊張しないで。俺たちまで緊張しちゃうわ。」
「無理ですよ!緊張しないだなんて!」
「俺らに対して別に敬語じゃなくていいんだよ?キヨくんみたいな感じでフランクにいこうや!」
「いやいや、キヨとは別扱いなので……無理です。」
「えー?キヨだけってズルくない?」
「いや、ガッチさんは既に天赦の中で俺と同じ枠だと思うわ。」
「……キヨ、よくわかったね?」
「玄関でのやり取り見てたら分かったわ。俺が兄貴ならガッチさんは父親あたりだろ?」
 キヨの発言が白けた空間を生み出して、隣に座っていた天赦さんから拳をお見舞される。けれど天赦さんの口から否定の言葉は特には出ず、少しだけ赤くなった天赦さんに今度はガッチさんが調子に乗った。
「ふふふ、まあ、それもそうだよね。きっと天赦ちゃんから見たらお父さんよりちょーっと若いぐらいの世代だよねぇ?」
「ぐ……、……も、もうそれでいいです!その通りです!だから私が羞恥心で首を吊る前に早く動画とりましょう!」

 もうこの話はおしまい!と言ってココアを飲み干した天赦さんに続き、ずっと面白そうに笑っていたキヨがテレビの電源をつける。この調子で録画したら天赦さんは撮り終わる頃には死んでそうだけど大丈夫かなぁ?

「チーム分けどうする?天赦は一人で固定だとして、俺らは……うーん、レトさんと俺でいっか!うっしーとガッチさんは一人で頑張れ。」
「随分と適当な振り分けだな?つーか、お前があげる動画なのにお前がソロじゃなくていいわけ?」
「大丈夫。これ天赦があげる動画だから。」
「はあ!?そんな話、聞いてないけど!?」
「今言ったから。よろしくぅ!」

 普段からハイテンションのキヨは珍しいが自分と似たようなタイプの天赦さんと話すのはテンポがよく自然と引き出さるのだろう。その喧嘩のようなじゃれあいに羨ましいとは思っても言えるほど強い精神を俺は持ち合わせてはいなかった。

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