智慧と空閑くん

「ねえ、ちえさん。なんで、トリオン体の時でも眼帯してるんだ?」

先日玉狛に入った白髪の小さな男の子---空閑遊真は支部長の命令によって、桐絵と私で鍛えることになった近界民だ。正確には、桐絵の弟子で私は桐絵がいない時の練習相手のようなものだが。そんな遊真の『なんで』は今に始まったことではないが、なぜそこに行き着いたのか私にはとんと検討がつかなかった。

「どうして、遊真はそう思ったの?」

「だって、片目は大変じゃない?」

「そうね。でも慣れたわ。」

慣れた?と私の返答を聞きまた首をかしげた遊真。ええ、そうよと頷けば生まれつきかと問われ、私は緩やかに首を横に降る。先程まで飲んでいた紅茶をソーサーに置き、眼帯の上から右目を押さえるように手を添えた。

「4年よ。」

「4年?」

「私が右目を失ってそろそろ4年になるの。」

もう4年も経ったのか、まだ4年しか経っていないのか。どちらにせよ、私は4年前の右目を失ったあの日の事は忘れない。目の前で起こった、あの惨劇は、私の、

「……っ!」

「ちえさん!?」

突然の吐き気に口元を抑えた私に驚いた遊真が大丈夫かと背中を擦る。忘れてはいけない、でも思い出したくないということなのだろう。私は、いつになったら割り切れるのだろうか。

「ごめんなさい、遊真。ありがとう。平気よ。大丈夫。」

私の言葉に何か言いたそうな顔をした遊真。彼のSEはなんだっただろうか。……ああ、ウソを見抜けるんだったかしら?何か言いたそうということは、彼のSEが反応したのだろうか。べつに、平気よ。ただ思い出したくないだけで。

「それで、なんだったかしら?どうしてトリオン体でも眼帯をしているのか、だったわよね?」

「…うん。」

「さっきも言ったけど、理由は片目に慣れてしまったからよ。トリオン体になれば、確かに私の右目は使えるかもしれないわね。」

現に遊真がそうだ。彼の生身の体は黒トリガー内に仕舞われているとはいえ損傷しているという。私にはその損傷箇所は分からないが、目も耳も鼻も両手両足全てにおいて、トリオン体の遊真には異常がない。つまり、そういうことなのだろう。そういえば、ボーダーに入る時に似たようなことを言われたような気もするが、正直あの頃の記憶は曖昧で覚えていない。なんと役に立たない記憶だろうか。

「でもね、実生活と戦闘に差が生じるのは好ましくないと思うの。だからトリオン体の時でも私の右目は使えないようにしてあるのよ。」

「ほう……。他には?」

「ほか、って?」

「…まだ他に理由があるんじゃないの?」

「ないわ。」

「……つまんないウソつくね。」

「はぁ……、随分と厄介なSEね。人に知られたくない事は誰だってあるものよ。なんでも根掘り葉掘り聞こうとしないで。」

それに知らない方が良いこともあるのよ、そう言って私は食器をキッチンへ運ぶためにソファーから腰を上げた。
自分の事をなんでも聞かれるのは好きじゃない。こんなに醜くて弱い私なんて、みんなは知らなくていい。強くてかっこいいなんでもできる私だけを知っていればいい。みんなが慕ってくれるのは、眩しい私なのだから。……ああ、でもせっかくここまで聞こうとしてくれているならば、バレる前に言ってしまおうか。

「……遊真。」

「なに?」

「一つだけ教えてあげるわ。私ね、玉狛にいるけれど、近界民は憎いのよ。許せないの。」







醜い棘の上で踊る


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謎話。眼帯の話どっかいった。
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