智慧と烏丸誕
馬鹿みたいだなあと机の上にあるラップのかけられたとんかつを見て思う。それは今日の夕飯で、今日の主役であるはずの彼の好物だった。そして今日の夕飯を担当したのは私で、作り終えてから彼は非番で家族と過ごすと言っていた事を思い出した。
「なにやってるのかしら、私。」
別になんとなく作った夕飯だったが周りからは冷やかしを受けた。べつに、彼を意識したわけじゃない。たまたま。そうみんなに言ったがそれは自分に言い聞かせているようだと少し思った。でも、本当に気まぐれではあったのだ。決して、赤丸に囲まれた数字と桐絵の字で"とりまるの誕生日"と書かれたカレンダーを見て決めたわけじゃない。
「ああ、もう!いったい誰に言い訳してるのよ……。」
今は既に日付も変わりそうな時間帯だ。みんなは家に帰ったり寝ていたりしていてキッチンにはいない。もしかしたら支部長くらいは起きてそうとは思うけど。なのになぜ私はここで冷めたとんかつとにらめっこをしているのか。それは私のSEが京介は絶対くると言っているから……いや、べつに食べてほしいとか、そういうわけではない。ただ来た時に誰もいないというのは悲しいことだと良く知っているから、待っていてあげようと思っただけだ。しかし待ってすでに30分は経ったが京介が来る気配は一切ない。私のSEはどうやらポンコツになりさがってしまったようだ。もう寝ようかしら。
「これ、どうしましょう。明日のお弁当にでもしようかしら?」
明日の献立を考えながら、皿を冷蔵庫にしまおうと腰をあげたときピロンとスマホがなった。この音はメールのようだ。急いで開けば『起きてますか』の六文字。差出人は烏丸京介。ああ、やっときたか。電気がついているのだから勝手に入って来ればいいのに。持ち上げた皿をテーブルに戻し早足で玄関に向かいドアを開ける。そこには、やはり京介がいた。
「…鍵、開いてたんすね。」
「……私のSEがどっかのおバカさんが来るから開けておけって言っていたのよ。ほら、早く入りなさい。」
よくよく考えれば高校生の彼がこの時間に出歩くのは補導の対象になるのではと思ったが今日くらいいいだろう。京介が中に入ったのを確認し鍵を閉める。流石にこの時間に来たのなら帰らないだろう。帰るといっても帰さないけれど。いくら男の子といえど未成年。流石に危ないわ。
「今日はご家族と過ごすんじゃなかったの?」
「弟たちは皆寝てるんで問題ないです。それにちゃんと過ごしてから来ました。」
「こんな時間に、よく来ようと思ったわね。みんないないわよ?」
「智慧さんがいるだけでいいっすよ。」
「またそんなこと言って…。」
そんなことを話しながら唯一電気を付けていたキッチンへ向かう。そういえば、あのとんかつを片づけてない。お茶を入れる前にしまわなければ。
「京介、緑茶、紅茶、ココア、あとはコーヒー……はやめておきましょう。寝られなくなるわ。」
「緑茶とそのとんかつで。」
「わかった、…!?」
何事もなかったように冷蔵庫に持っていこうと思ったのに、その皿は京介に取り上げられてしまった。いつまでも置いていた私も悪いけれど、夜中にそんな油もの食べても平気なのかしら…?
「それ、今日の夕飯だったのよ。」
「俺の好物ですね。」
「ま、間違って一人分多く作っちゃったのよ。」
「ふーん……?」
「なに、よ…?」
「いや、てっきり俺のために智慧さんが作ってくれたのかと思っただけです。」
「ばっ……!馬鹿言わないで、別に意識したわけじゃなくて!カレンダー見てパッと思いついたというか!」
カッと頬が熱くなる。周りに冷やかしで言われるのと本人に言われるのでは恥ずかしさが何倍も違う。京介は顔が整っている分余計にやっかいだ。あまりの恥ずかしさに下を向いて唸っていると、智慧さんと名前を呼ばれた。なんだと思い顔をあげれば、珍しく嬉しそうに笑っている京介がいた。
「智慧さん、ありがとうございます。嬉しいです。」
「…遅くなったけど、お誕生日おめでとう京介。」
「はい、ありがとうございます。プレゼントは智慧さんでいいですよ。」
「変なこと言わないの。プレゼントは明日みんなと一緒に渡すから楽しみにしてて。」
「明日…?」
「あ、秘密だったんだわ。今の話は聞かなかったことにしてね?」
「分かりました。それじゃあ、いただきます。」
「あ、待って。温めてあげるから待ってなさい。そんな急がなくてもとんかつは逃げないわよ。」
「智慧さんの手作りだから今すぐ食べたいんすよ。」
「……ほんと、あなたって心臓に悪い人だわ。」
君が生まれた日
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