ホウカ

ピジョットに乗り颯爽とどこかへ飛び去ったキクさんに挨拶もできず、ただただ見送ることしかできなかった。あの人は自由を擬人化したような人だといつも思う。自分勝手とはまた違う、何にも囚われない自由。捕まえられそうで捕まえられない、人の心をくすぐるのがうまい人だ。雁字搦めの私とは真逆の、魅力的な女性。それが私がキクさんに思う評価だ。
キクさんが飛び去った青空を眺めていればCギアに着信が入った。画面にはリブレという三文字、…あ、そうだ。今日はリブレに頼まれていたモノを回収しにここに寄ったのだ。キクさんに会ってすっかり忘れてしまった。先に取りに行っておいて良かったかもしれない。頼まれ物が手元にあることを今1度確認し、リザードンと共にミシロタウンを目指した。








手櫛で乱れた髪を直し、全身を隈無く確認する。身だしなみの時点で失礼があってはいけないから。何も無いことを確認し家のチャイムを鳴らせばいつもの通りリブレのお母様が私を迎えてくれた。挨拶と共に手土産を渡し、リブレの部屋へ向かう。2階の奥の部屋のドアをノックし、ドアを開ければ彼は黙々と作業机に向かっていた。

「リブレ、入るわよ。」

「毎回言ってますけど、聞く前に入らないで欲しいんっすけど!?」

「聞いたのに返事をよこさなかったのを忘れたとは言わせないわよ。」

「…はいはい…。」

弁解させてもらうが最初の頃はノックの後にちゃんと声をかけていたのだ。だけど、作業に集中してしまっている彼は返事もよこさない。だから今ではノックしかしないのだ。

「約束の時間に遅れてごめんなさいね。珍しい人に会ったものだからすっかり時間のことを忘れていたわ。」

「あー、だから着信にも出なかったんスね?」

それは、ただ単に出なかっただけなのだけど……そういう事にしておきましょう。ごめんなさいともう一度謝罪して作業机の上に頼まれていたモノを置く。

「このサイズでよかったかしら?」

「おお…!ありがとうございます!」

赤い石が欲しいと頼んできたのはいつの事だったか。それを加工してアクセサリーに使うらしい。納得する色が見つかってよかったと珍しく嬉しそうに微笑んだのを覚えている。そしてその表情を私は知っていた。あの顔は、恋をしている顔だ。私がミハルくんに向けている顔とそっくり。

「それをあげる人がよほど大切なのね。」

「えっ、」

「幸せそうよ、今のあなた。相手は恋人かしら?」

我ながら不躾なことを聞いていると思うが何も報告されていない身としては気になるものだ。私の指摘にボボボっと顔を赤くしたリブレにしめたと思った。

「いつの間に恋人なんてできたのかしら?」

「い、いつでもいいじゃないっすか!!」

「どこの方?ホウエン?」

「いくらホウカさんとはいえ秘密っす!!」

シズクにすら話してねぇっつーの、とリブレは小声で呟いた。あのシズクくんにも言ってないとなれば相当秘密にしたいらしい。恥ずかしくて言いたくないだけなのか、言えない様な人なのか。……いずれ分かることだろう。

「ふふっ、今はそれでもいいけれど、いつかはちゃんと紹介してね?」

「……うっす。」

いそいそと作業に戻ったリブレは耳まで真っ赤になっていてとても面白かった。いいわね、幸せそう。羨ましい。仕事の関係で久しく会っていない彼に今すぐ会いたくなってしまった。…今夜、電話しよう。会いたいよ、って。
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