カチリとスイッチを入れられたように意識が覚醒する。私は先程までいた鎮守府の執務室ではなく1面真っ白な部屋に立っていた。目の前には刀がひと振り。それ以外には何も見えなかった。目の前の刀に手を添えてくださいとどこからか機械的な声がする。どこからかこの様子を見ているのだろう。
ああ、そんな事よりもあの子達は無事なのだろうか。艦娘は艤装がなければただの娘でしかない。致命傷を負えばあっけなくその命は散ってしまう。なんら人間と変わらないのだ。近くにいられない以上自分に出来ることといえば彼女達が手荒なことをされてない事を祈ることだった。
目を瞑り動く気のないわたくしに早くしてくださいと飛んできた音声は怒気が込められていたように思う。どうして、こんな事になっているのだろうか。気持ちを落ち着かせるために深く深く息を吐く。事を終わらせて早く帰ろう、そう思って刀に手をかけた瞬間――、
「がっ、あ"あ、ぁぁあ"っ!!」
ジリジリと燃えるような痛みが両目を襲い、痛みで言葉にならない悲鳴をあげその場に崩れ落ちる。気休めにもならないが、反射的に痛みを抑える様に目を力強く抑えた。目を閉じ手で覆っているはずなのに、チカチカと火花が散っているような眩さだった。その眩さと痛みは1分だったのか1時間だったのか。時間感覚さえも失うほどわたくしは疲弊していた。はっ、はっ、と犬のような浅い息遣いと運動したあとのように激しく脈打つ心臓の音だけが耳につく。恐る恐る覆っていた手を離すが視界は痛みを伴う前と同じく正常に世界を写していた。ただ一つ、異常だとするならば、刀の横に人が立っている事だろうか。
豊かな黒と白の混ざった長髪。側頭部に白金色と紫の髪飾りをつけた線の細い美しい男性。その目は閉じられており、こちらを見つめているのかはわからない。そして、軍服のような洋装の上に丈の短い白い上着を纏い、上半身には大振りな珠を連ねた数珠。そして同時に手には輪になっていない細く連なった数珠玉を持っていた。
彼の人間離れした美しさに思わず身がすくむ。人ではないと、何かが訴えた。人とも艦娘とも違う気配。強いて言うなら、これは、
「私は、数珠丸恒次と申します。人の価値観すら幾度と変わりゆく長き時の中、仏道とはなにかを見つめてまいりました。」
「えっ、」
「……貴女の名を、教えてくださいませんか?」
「、」
じゅずまるつねつぐ。そう美青年は名乗った。誰、と口からこぼれ落ちたはずの言葉は音にならずに空気に溶けてしまった。名を尋ねられても一向に口にしないわたくしに彼は何を思ったのか綺麗な長髪を床につけることも気にせず目線を合わせるように膝をついた。
「私の姿が見えますか?声は聞こえていますか?」
「え、ええ。見えていますし、聞こえています。」
「よかった…。何も返していただけないので、私が見えないのかと思いました。」
「も、申し訳ございません!あまりに突然のことでしたので、咄嗟の対応が出来ず不快な思いをさせてしまいました…。」
「私は気にしていませんのでどうか頭をお上げください。」
その言葉に申し訳ありませんと下げた頭を元に戻す。数珠丸さん(で良いのかしら?)は再度名前を教えてほしいと美しく微笑んだ。自己紹介をしようと思う傍ら、教えてはいけないと、誰かが、なにかが、頭にひっかかかるような、
「"椿"、どうか私に貴女の名前を教えてください。」
椿、それはわたくしの名前だ。なんだ、知っているじゃないかと思う暇もないまま私の意識は混濁した。
「つばき。みなぎ つばき。」
「…素敵な名前ですね。ですが私以外の付喪神に真名を知られてはいけませんよ。良いですね、"椿"。」
「は、い。」
「……同意も無しにこちらの世界へ連れていく私をどうか恨んでくだい……。けれども貴女を …、主をお守りするためには致し方ないことなのです。……これで…、…これで良いのでしょう…三日月……。今度こそ、主を失うわけにはいかないのですから…。」