珠々の始まり




 誰かが家にやってきた。私に部屋から出るなと言って祖父母は玄関に向かった。あの時からすでに私の運命は決まっていたのだろう。祖父母がなぜそのことを知っていたのかはわからない。だけど、私を手放すつもりは最後までなかったと思いたい。そうでなければ穏和な祖父母が怒鳴るわけがない。それでもきっとこれは話を聞く限り、徴兵だったのだろう。
 家を出る際に無理やり引っ張られた手首がジクジクと痛む。痛い、悲しい、帰りたい、怖い。そう思ってもピクリともしない表情筋をこれほど恨んだ日はないかもしれない。薄情だ、と言われても仕方がないのはわかっていても傷つく。私は、自身の気持ちをうまく伝える術を、そして、ぐちゃぐちゃな心を整理する余裕を持っていなかった。
 大雑把に説明するだけして、こんのすけという狐の式神を置いて去っていく黒スーツの男性を見送って途方に暮れた。この先がわからない。私は、どうしたらいいのだろうか。思わず寄り添っていた男性の着物を握りしめた。主、と困ったような声が頭上に降りかかる。その声の持ち主は歌仙兼定という刀剣男士だ。連れてこられたこの場所で何も知らないのに選べと言われた5振りの刀の中に彼はいた。なぜ彼を選んだかと問われても困るのだが、なぜか彼を選ばなければと感じたのだ。彼なら大丈夫だと、なぜか私は知っていた。
 ぎゅっと着物を握ていた手をほどかれる。私と目線を合わせた歌仙は結われた髪を崩さない程度に私の頭をなでた。泣きそうな顔をするなと彼は言う。なぜ、わかるのだろうか。私の表情は変わっていない。初対面のヒトになんてわかるわけがないはずなのに。感極まって抱きつけば幼子をあやす様な手つきで背中を叩かれる。泣きそうになるが涙はやはり出なかった。
 その後少し落ち着いた私を軽々と抱き上げた歌仙。どこに行くのかと聞けば戦場に!と歌仙ではなくこんのすけから返事が来た。その言葉に首を横に振り、"たんとう"をしようと彼は宣った。"たんとう"が何のことかはわからないが、主には味方が必要だからと真剣に言われてしまえば私は頷く以外の選択肢はなかった。
 たんとうは鍛刀と書くらしく、刀剣男士をこの場所ー本丸というらしいーに呼ぶために必要な業務らしい。いまいち分かっていないがとりあえず資材を使って呼び出すという事でいいのだろうか。資材の数で出てくる刀剣男子の種類も違うらしい。でも私はどの刀がいいなんてわからない。私を助けてくれるなら誰だっていい。
 何かを話していたこんのすけを横目に入れられるだけの資材をすべて投入して作るように妖精さんに頼む。悲鳴が聞こえた気がするが知らんふり。カチリと鍛刀時間が4時間と表示される。その時間にこんのすけがまた悲鳴をあげる。手伝い札を使えと言われ、木札を渡せば4時間かかるはずの刀はあっけなく完成した。
 できた刀を受け取り霊力を流し込めば、光と共に桜が舞った。目の前に現れたのはとても美しい青だった。その男性は私を見て嬉しそうに顔をほころばせた。そして呆然と見つめる私の頬を壊れ物を扱うような優しい手つきで撫でた。

「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ。……会いたかったぞ、珠々。」

 彼の口から出た私の名前に目を見張る。なぜ知っているのか問う前に三度目の悲鳴があがった。あとから聞けば刀剣男士に真名を知られるのはまずい事らしいと知った。
 鍛刀のあとは刀装を作り、そしてそれらを持ったおじいちゃんと歌仙で戦場に行った。その際重傷になった二人をみて卒倒したのは言うまでもない。こうして私の審神者人生は幕を開けた。

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