※トリップ



エルキドゥは不思議な人だった。此処に確かに存在しているのに次の瞬間には消えてしまいそうな儚さを持っている、言うなれば夢の世界の住人。だが緑色の瞳は確かに強い意志をもっていて夢ではないと自覚させられる矛盾を孕んでいた。
そんな明らかに住む世界の違う―――否、実際に違う―――彼と同居しているのだから人生は何が起こるのかわからない。



「ねぇ!聞いてよー!バイト先の店長がさぁ!」

そう、同居だ。同棲とは違う。彼と呼んでいるがその彼は性別がないらしいからであって、そのため女友達のような気軽な関係を築けている。
今日はバイト先について愚痴りながら、お酒を飲んでいた。

「へえ。じゃあ僕がその店長や先輩達を皆殺しにすればいいの?」

とんでもないことを言い出した隣に座るエルキドゥに向き合うと、駄目と言いながら相手の頬を手でつつんでむにむにと弄ぶ。整った顔は多少歪まれた程度では崩れない。それが少し悔しくて指でつまんで引っ張るとさすがに痛かったのか痛いって、とストップが入りやんわりとどけさせられた。

「すぐ殺すとか言わない。私の愚痴でエルキドゥに罪を犯させたくないじゃん。それにエルキドゥのいた世界とは違ってこの世界はあんまり人とか殺さずになるべく平和にやっていく方針なの」

何度も言い聞かせた言葉を再度言うと、エルキドゥは冗談だよと形の良い眉を下げて苦笑する。そうは言っているも多少なりとも生活を共にしたから分かるが先程の提案はかなり冗談ではなかったと思う。
彼はかなり私に甘い。宅急便がきて少し重い荷物を運んでいるととんできて有無を言わさずに彼が運んだり、料理をしているとき少し手をきっただけで大袈裟に慌てて救急箱をとってきたり。

しかし随分と飲み過ぎてしまった気がする。結構酔った。口直しに水でもとってこようと立ち上がるも、急に立ち上がったのが良くなかったのかよろけて転びそうになったところをエルキドゥに支えられた。

「あぁ、もう。なまえ飲み過ぎだよ」

謝罪しながら不覚にも相手にかけてしまった体重を足に戻そうとしたがその足はいつのまにか宙を浮いている。抱き上げられたようでさすがにこんなこと今まで経験していなかったから恥ずかしい。しかもあんなに細いのに私がじたばたと足を暴れさせる程度ではビクともしない。

「はぁ、このまま座に持ち帰ってしまいたい。いや、まぁ座に戻れないから今君と生活を共にしていられるんだけどね。何か方法はないものか」

抵抗しても無駄だと諦めて大人しくしていたところエルキドゥはなにか一人で呟いていた。座ってどういう意味だろうか。ぼんやりと考え事をしている顔を見詰めていると目があって微笑まれ、どうやら寝室につれてきてくれたらしく衝撃が無いようかなり考慮されながらベッドに寝かせられる。

「ごめん、ありがとう」
「ううん、僕が世話をやいてるだけだから」

段々と眠くなってきたようで瞼が閉じようとするのに抵抗しながら礼を述べるも、さも自分がやりたいからやっているような口振りをする。やはり彼は私に甘い。

「あぁ、でも今日だけはご褒美がほしいなぁ。兵器がご褒美を要求するなんておかしいかい?僕もおかしいと思うけど、今のなまえはかなり酔っているしきっと明日には忘れているよね。だからおかしいことを言ってもいいだろう?」

刹那、唇に触れた柔らかい感触。視界に入る緑。離れていく顔にそれがエルキドゥの唇だなんて察するのにそう時間はかからなかった。あんなに酔っていたのにすっと抜けていくような感覚に陥る。けれどもかわらず頭の熱は抜けない。別の熱で支配されている。
エルキドゥは唇を一舐めすると、私の頭を一回撫でて囁いた。

「無防備にしているのがいけないんだよ。でもこれもきっと明日には忘れているよ。だから安心して、」

おやすみ。
そんなこと言われたってこんなキス、きっと私は忘れられない。


20170302


ALICE+