流麗に舞う

 遠征に出された歌仙は部隊の刀剣達に分からないようにこっそりと溜息を吐いた。
 数日前から、審神者に避けられている。この遠征もその一種なのだろうか。主である審神者が決めたことならば従うし、編成には文句は一つもなかった。
 見上げた雲ひとつない快晴と、葉の落ち始めた木々を見つめながら、今度こそ声をかけようと歌仙は心の内で決めたのだ。

 歌仙が遠征から戻ったのは夕刻だった。部隊の帰還と同時に夜戦に繰り出す部隊との入れ替わりで玄関は混みあっていた。最近出陣を始めた京都・三条大橋は夜の出陣となるため、何度かこのように慌ただしくなることがしばし起こっている。
 審神者が帰還した部隊を労うのと、新たな出陣に送り出すのはほぼ同時だ。ほとんど言葉を交わす暇もない。
 湯殿に足をむける前にちらりと審神者の姿を見てみたが、歌仙の事など気にも留めず、新たな部隊の出陣に声をかけていた。
 審神者は本丸の主として当然の責務をこなしているのだ。当たり前の光景だと歌仙も理解し、いつも通りの足取りで部隊の仲間と湯殿へ向かった。
 審神者の気持ちの変化など、歌仙が知るはずもなかったのだ。
 閑散とした玄関で審神者は内心ほっとしていた。遠征と夜戦の部隊で混雑していた玄関のおかげで歌仙と話す必要がなかったことが今の審神者にとって、とてもありがたかった。
 つい先日、宗三との会話で自覚してしまった想い。宗三に提案された直接確認をするということをできずにいた。いくらなんでも唐突すぎるというのが審神者の見解だ。
 羽織を直しながら、大広間へ向かうと燭台切に呼びとめられた。
「主、いいところに」
「どうかしたのかしら」
「明日の編成で聞きたいんだけどいいかな」
「大丈夫よ。さっきいたみんなには伝えたけど、何かあった?」
 ちょっとこっち、なんて言われて青江や鶯丸が団欒している場所へ通される。お茶を飲んでいた鶯丸が珍しいなと言う。
「燭台切に呼ばれたからこっち来たの。談笑しているところに悪いわね」
「構わないぞ。どうせなら君も一杯どうだい」
「ええ、そうね。なんだかお酒の飲みに誘われているみたいね」
 審神者が微笑む横で、青江が審神者の足元に座布団を置く。落ち着けるようなので、審神者も何も言わずに座る。案内した後にその場を離れていた燭台切が少し遅れてやってきて、手にしていたお盆には湯のみが二つとボールペンと紙切れが一枚乗っていた。
 燭台切は審神者の隣に腰を降ろし、湯のみを一つ渡す。
「やっぱり夜は冷えるね」
「夜戦にいく部隊には何か防寒具とかある方がいいかしらね」
「戦いにくいんじゃないかな」
 のんびりと続く会話に、青江がぽつりと呟いた。
「へえ、またこの編成なんだね。随分君らしくない」
 じとりと向けた視線に青江は気を害する様子もなく、おっかないねえと続ける。青江にこの手の効果がないことは大分前から知っていたが、とっさにしてしまう動作に審神者は内心苦笑した。審神者に対して鎌をかける刀剣は幾振りかいるのだが、青江はかなり顕著な方だ。
 燭台切が止めに入りながら、審神者の目の前へ紙切れ一枚を差し出す。
「僕はこの編成がいいと思うんだけどどうかな」
 差し出された紙切れを覗きこみ、審神者はやはりと思う。遠征部隊に組み込まれた歌仙兼定の文字には二重線が書き込まれ、流れるような字で、にっかり青江の名前が隣に書き足されていた。
「練度、バランス、役割に不足はないと思ったし、みんなに伝える前に確認した時、了承したじゃないの」
「あれから少し考えたんだけどね。君がこの編成を意図的に続けていると思ったから聞いてみただけだよ」
 とんとん、と燭台切の長い人差し指が歌仙の名前をつつく。この刀剣にも分かってしまったかと思う。同時に青江はともかく、鶯丸は遠征部隊に組み込んでおり、さらには部隊長に任命していたことを思いだす。間違いがないか、紙切れに書いた名前を見て、それは確信に変わった。確かに、審神者自身の字で鶯丸の名前を書き込んでいたのだ。
「俺は編成が少し変わったくらいじゃ何も言わん。君の好きにするがいい」
 いつも変わりない表情で言う鶯丸に燭台切が慌てて言葉をかぶせた。
「鶯丸さん、そんな勝手なこと言わないで。……とりあえず、僕が言えることはここまで。青江君も了承しているし、どうかな」
「最初の編成は……」
「却下。これ以上歌仙君を遠征に出せば、彼が黙ってないことくらい分かるんじゃないの」
 痛いところを突かれ、審神者は押し黙る。歌仙を遠征に出すことが大きく本丸内で利点を生むかと言えばそうではなく、審神者の近侍をしてくれ方がよほど本丸の運営上は利点が多かった。数日続いている遠征の指令を歌仙は文句を言うことも、部隊編成に口をはさむことなくこなしている。
 何か言いだすのも時間の問題だと審神者も予想できていた。先程、玄関で少しだけ見た歌仙の顔は何か言いたげで、でも言わないようにしていること位、すぐに見てとれた。
 歌仙は遠征に行くこと自体は嫌っていないし、むしろ楽しげに向かうことを審神者は知っていたし、本丸内の誰もが認識している。だから、最初の数日は誰も気にも留めないし、たまたま続いているようにしか思わないだろう。
 しかし、燭台切にはあっさりと見破られた。その意味が分からなくない程、審神者の目は曇っていない。
 観念した審神者は燭台切の意見に素直に従うことに決めた。
「わかったわ。明日の遠征部隊は歌仙から青江に変更しましょう。鶯丸と青江には悪いけど、変更でお願いできるかしら」
「もちろんだ」
「君が言うことだから従うよ」
 鶯丸と青江がそれぞれ返事をした。燭台切は良かったと嬉しそうに顔を綻ばせているが、審神者は内心、気が気じゃなかった。一体、いつどこで悟られてしまったのだろうか。
 宗三が誰彼構わず言いふらすということはないにしろ、何らかのことをきっかけに燭台切は気がついたのだろう。横に座る燭台切は相変わらず人良い笑みで審神者を見ている。嗚呼、本当にいつ気がついたのか。目ざとい刀剣に審神者は内心で舌を巻いた。
「そういえば、思ったよりも出る方だね」
「何の事?」
「何って、今しているよ」
 青江の言葉に審神者は破顔した。青江自身は戯れに言葉をついたに過ぎないかもしれないが、頭の中でぐるぐると色々な思考が渦巻く審神者にとっては安心できない。青江の言葉に鶯丸も燭台切も納得したように頷くので審神者は背中に冷や汗が流れる。
「意外と分かりやすいというか、純というか、健気だな」
 澄まし顔で緑茶をすする鶯丸に審神者はちょっと待ってよと言いたくなった。マイペースなこの刀剣のペースは未だに掴めない。ゆったりと過ごしいるくせに、肝心な部分は忘れず、時におどける。今も鎌をかけにきているのか、審神者には詮索しようもない。
「変にからかうのはよして」
「からかってはいないぞ。歳相応で可愛らしいって話だ。なあ、燭台切」
「ええ? 僕に振るの?」
 困り顔で言う割に燭台切は可愛いよ、と誉め慣れた台詞が続いた。刀剣達の誰もが審神者に対して言う言葉ではないので、免疫が足りない審神者は曖昧に笑って誤魔化した。
「私はもう部屋に戻るわね。みんなも遅くなり過ぎないようね」
 審神者はさっと立ちあがり大広間を出た。びゅっと突風が吹いて、審神者の着こんだ羽織は羽裏が見えるくらい翻す。庭の大木に残っていた木葉もぷつりと剥がれ落ちていく。
 星の出始めた空を見上げ、送り出した刀剣の帰還を待ちわびる。初めて三条大橋へ出陣した部隊は散々な結果だったが、ここのところ安定してきていた。当初の予定通り、幕末に活躍し、縁のある刀剣達を変わるがわる編成に組み込んだ。最初は大きな成果は上げることはできなかったが、幾度となく出陣を繰り返すうちに感覚が掴めた。それが功を奏し、今日の出陣部隊はボスまでたどり着けるのではないだろうか。
 刻々と変わる戦況を確認しに審神者は執務室へ続く廊下を足早に進んだ。戦場には立てなくとも、部隊長からの状況連絡を聞くことができる。審神者は己の責務を果たす為に急いだ。
 部屋にいくと、近侍を指名していた鶴丸が炬燵に潜り込んでいた。
「随分遅かったな」
「燭台切に引き留められていたのよ。それから、さっき編成を変更したわ」
「そうか、珍しい」
 先程、燭台切から預かった紙切れを手渡す。鶴丸が時間もかからず確認をすると意味ありげな視線を審神者に送った。つい先程までのやりとりも含め、投げかけられる視線に意味を問いただされているようで、居心地が悪い。
「鶴丸まで何か言いたそうね」
「いや、驚かせてもらったぞ。ふうん君もようやくというところか」
 長かったな、とまるで全部知っているかのように話す。
「平安の刀は察しが良すぎるわ」
「違うな。君が分かりすすぎるんだ」
 思わず零れた審神者の感想に鶴丸は得意げに答えた。審神者が機械の電源を入れて立ち上がるのを待つ間、鶴丸は愉快そうに何か思案をしている。審神者はそれを止めるでもなく聞き流していると立ち上がった画面から一報が届く。
 一報は部隊長である薬研藤四郎からだ。高速槍に出くわしたが、和泉守が倒したとの報告だ。傷も幸い軽傷で済んでいるということで、まだ先に進むと報告が入る。ちなみにこの一報だが、審神者は受信するのみで、新たな指令をくだすことができない。
 一報を一緒に確認していた鶴丸は審神者の横でうきうきとしている。
「今日の部隊は調子がいいようだな。俺も夜戦に出てみたい」
「太刀以上の大ぶりの刀との相性は悪いようなので、編成に組み込む予定はないわよ。それに、鶴丸はまだ厚樫山の攻略が残っているわ」
 この本丸にはまだ三日月宗近の顕現を確認できていない。数多いる他の審神者でさえ鍛刀もしくは厚樫山で確認をするのも一苦労である。審神者は気長に、急がなくても良いと考えており、過度な出陣はしないが時々赴く編成を行う。鶴丸はその編成の中でも常連であった。
 審神者の宣言に、鶴丸はつまらないと嘆く。そうは言われても適材適所が存在する以上、審神者は方針を変えるつもりは毛頭ない。
「出てみないと分からないぞ。意外と俺もできるかもしれない」
 決め顔で言う鶴丸に審神者は表情も変えず一言。
「本丸の資材を削る覚悟があるなら考えるわよ」
「こりゃ手厳しい」
「限りあるものは大切にしないといけないの」
「それは一理ある」
 この閉鎖された空間・役職では情報が命だ。時折出かける会議や、メールのやりとりは審神者にとって、編成のバランスを考える材料にしている。練度の高い刀剣が傷付けば、それだけ資材を使用することになる。定期的に遠征に行けども、枯渇させるわけにはいかないのだ。
 審神者が次の一報を受信してから、立ち上がる。
「今日はここまでね。鶴丸、今夜はもう大丈夫よ。お疲れ様」
 部隊の進行速度から、無理な進軍はしないと判断した審神者は鶴丸を今日の近侍の任から解いた。夜戦はどうしても深夜になってしまうし、それほど心配がないのならば、夜更かしを滅多にすることがない鶴丸にまでつきあってもらう必要はないのだ。そう考えて審神者は任から解くことにしたのだった。
 審神者はこれから忙しなく帰還する部隊の出迎えを準備する。昼間に活躍した刀剣達が静かに寝静まろうとも審神者の仕事は終わらない。夜明けの少し前に夜戦の部隊は帰還する。三条大橋への出陣が始まってから審神者は欠かさず出迎えていた。
 部隊が帰還するまでには時間がかかる。それまでにやることは沢山あるのだ。
「おいおい、まさか一人で準備するなんて言わないよな」
「何か問題でも?」
「大ありだ。君は学習能力がないのか?」
 鶴丸の珍しい呆れた声に審神者はきょとんとした。早々お目にかかれる光景ではないが、まさか鶴丸に小言を言われるとは思いもしない。
「ほら行くんだろう」
「明日に響くから寝てもいいのに」
 これ以上は部屋に戻りそうもない鶴丸の姿に審神者は諦めて、手伝ってもらうことに決めたのだ。
 まずは、湯殿を綺麗に清掃して、新しいお湯を張るところから始めた。一番最後に使用した刀剣達が清掃をするように話しているが、まれに掃除不足があるため、審神者は確認をしてから新しい湯を張っている。
 今夜は排水溝の髪の毛の始末がされていないのを発見し、審神者は何食わぬ顔で屑かごに放り込んだ。隅まできれいにし終えると審神者の顔は随分と晴れやかだ。それに対して鶴丸の顔はやや疲れ気味だ。
「ほら、休んでいいって言ったじゃない」
 鶴丸の今にも船を漕ぎそうな様子に審神者は言う。普段なら寝ている時間だ。どう考えても睡魔が襲ってきている。
「しょうがないわね。温かい飲み物作るからそれ飲んで仮眠するのはどうかしら」
「ああ、そうする。すまないな」
「いいのよ。無理する方がよっぽど良くないんだから」
 脱衣場でごみを一纏めにし、備え付けの大きいごみ袋へ捨た。それから厨房へ向かう。厨房へ向かうまで審神者と鶴丸は静かだ。寝静まっている本丸内には床板が軋む音だけがしていた。
 審神者は頭の中で、ホットミルクと蜂蜜しょうが湯のどちらにしようか、それとも酒粕が余っていれば甘酒でも良いかと冷蔵庫の中身を想像する。
 暗い厨房の明かりを灯し、審神者は冷蔵庫を開けて座り込む。残念ながら牛乳を切らしていて、ホットミルクの案は消える。
「鶴丸は甘酒平気だったかしら」
「飲めるぞ」
「じゃあ、今酒粕しかないみたいだからそれで準備するわね」
 審神者はてきぱきとすり鉢と棒を用意する。ちなみに酒粕はこの間酒屋で手に入れたものだ。宴会の度にお気に入りの酒屋で酒を注文していたら、おまけにもらったので、時々用意しては飲んでいた。
 真夜中の冷える時間にはいいだろう。保存容器から取り出し必要な分だけ取り出す。程良く細かくしてから今度は鍋の中に水と酒粕を入れ、ぐつぐつと煮立たせる。火にかける間、審神者は湯のみを用意しておく。暇になると今度は朝食の献立を確認していた。
 その間鶴丸は丸椅子を寄せて寝ていた。審神者ができあがった甘酒を差し出す時にはぐっすりと眠りこけている。
「鶴丸、部屋にいかないと風邪ひくわよ」
「……寝てしまったのか」
「疲れてるんでしょ」
 半分眠気眼な鶴丸は湯のみを受け取る。湯のみに息をふきかけ、十分冷ましてから口をつけた。
審神者は厨房の壁に掛けた時計を確認すると丑三つ時を半刻過ぎた時間だった。
本丸に時計を設置しているのは厨房と審神者の執務室だけだ。他は感覚的に過ごすことが多い。
 冷えた手を温めるように湯のみを両手で包みこむ。じんわりと移る熱にほっこりとしていると鶴丸の呟いた一言に審神者は笑う。
「人の身体とは難しい」
「私も上手に扱えるとは言い難いから、そんなものよ。手伝ってくれてありがとう。あんまり眠かったら部屋に戻っていいわよ」
 審神者は空になった鍋を洗いながら言う。水では落ちにくい為、水道からはお湯が流れていた。その証拠にもくもくと湯気が立ち込めている。使用した調理器具を片づけると再び湯殿に戻る。浴槽には湯がいっぱいになり、蛇口を止めた。さて、部隊が帰還するまでに温かさが持つといいなと思いつつ、審神者は入浴剤を入れる。透明な湯はあっという間に白濁色へ変化した。
 準備が一通り終わると玄関にいくつかタオルを用意する。他に手入れ部屋・手伝い札の数の再確認し出迎えられるようにすれば準備万端だ。
 審神者は読みかけの書物の頁をめくりながら部隊の帰還を待つ。
 月が西へ沈みかける頃、玄関の引き戸は唐突に開いた。
「おかえりなさい……。みんなちゃんといるわね」
「大将の言いつけだからな。今回は五虎退が誉をとったぞ」
「あるじさま、僕、その」
「嬉しいわ。お疲れ様、ゆっくり休んで」
 戻ってきた刀剣にそれぞれ声をかけて出陣を労う。傷の深かった和泉守はすぐさま手入れ部屋へ案内をした。時間がかかりそうなので、手伝い札を忘れず手渡す。帰還したそれぞれを湯殿、手入れ部屋を送りだしその場を気持ち片づける。
「本当に君は仕事熱心にも程があるよ」
「あ、あれ寝てんじゃないの……」
「もうすぐ夜明けだろう? 朝餉の準備に起きたんだよ」
 後ろから聞きなれた呆れ声は歌仙だ。審神者は見つかったら分の悪いことを知っているので、あからさまに顔に態度を顕わした。
「少し寝るといい」
 掴まれそうになった手首は、審神者の今までにない速度で回避する。今まであからさまに避ける素振りをしていなかったのが台無しだ。
歌仙の顔はとたんに変化する。同時に審神者も弁解しようとするが手遅れだ。
「まだ朝餉の準備をするのには時間があるからね。訳をゆっくりと聞こうじゃないか」
「何も言う事なんて……」
「それで許せる程僕の気は長くない」
 有無を言わせない迫力に審神者はがくりと項垂れて執務室に向かうこととなった。

 夜明けの一歩手前の空気はひんやりと澄んでいる。外に面した廊下を進まないと審神者の執務室にはたどり着けない為、慣れた道順を抜けた。
 執務室の障子を開けてから、審神者は素早く振り向いた。先程までは一定の距離を開けて歩いていたからはいいものの、今の審神者に歌仙と至近距離のやりとりは鬼門だった。
「これ以上……近づかないで」
 部屋についたものの、審神者と歌仙の攻防戦は一進一退を続けた。
「それは話しにくいし、僕が部屋に入れないよ」
「駄目よ」
 審神者が座布団を盾にしたところで歌仙はこれ以上立ち入ろうとするのを止めた。審神者はそれに安心したように、ほっとした表情をする。
「何か用があったのでしょう?」
「ああ、そうだった。今のやりとりで忘れてしまうところだった」
 にこやかに言う声と裏腹に目は笑っていない。このまま取って喰われてもおかしくなさそうだ。審神者は警戒心から相変わらず座布団を盾にしていた。
「何故、僕を避ける?」
「それは、その……」
 言い淀む審神者に歌仙は何も言わない。真っ直ぐ審神者を見据えて、目で話しの続きを訴えかけられた。
「……歌仙が近くにいると、駄目になりそうで。距離とか仕草も近いし、最近は緊張して口から心臓飛び出そうなくらいよ。今だって、これ以上近づかれたら困るというか何というか」
「とりあえず君の話はわかった。僕の事を嫌っているとか、何か落ち度があったわけではないんだね」
 歌仙の言葉に審神者は深く頷く。歌仙が要因ではあるが、全ては審神者の気持ち次第なのだ。審神者は座布団で顔を隠す。その様子に歌仙はくつくつと喉を鳴らして笑う。
「笑わないでよ。私だって別に好きでこんなことしているわけじゃないの。こんなこと言いたいわけじゃ……ちょっと待って距離が近いわ」
 審神者が顔を隠して前が見えない間に歌仙は距離を詰めていた。すでに審神者が座布団を顔から避けた時にはもう遅い。思わぬ至近距離に審神者の肩はあからさまに跳ね上がる。
「だから、近いのは」
「これなら落ち着くかと思ってね」
 ふわりと包みこまれ、審神者は声にならない悲鳴を心の中で叫ぶ。本当にこのままでは口から心臓が飛び出てしまいそうだ。何とか歌仙の腕から逃げようにも逞しい腕には敵わない。落ち着けるはずもなく、審神者はされるがままだ。
「僕は十分示したし、もう逃がす気はないんだけど、君はどうする?」
「そんなの狡いわ。示すって、全然わからなかったわよ」
「気がついてないのは君だけだったよ」
 審神者の萎む声に再び歌仙は笑う。
「宗三には恋愛方向音痴って言われたわ」
「僕はそんな君が良かったからいいだよ。……まあ、この体勢で他の男の名前を聞きたくなかったが」
 拗ねた口調に審神者は苦笑した。今まで存分に困らせたり、呆れさせたりさせていた自覚はあるが嫉妬されるとは大きな変化だった。
 今だけは歌仙の温もりに甘えて、素直に言える気がした。
「歌仙、私一度しか言わないわ。……こんなこと沢山言える気がしないの」
 歌仙の耳元で囁く。
 歌仙はしょうがない人だと苦笑した。
「本当に君は、僕をたらしこめるのが上手い」
 審神者が二の句を告げる前に、形の良い唇に阻まれる。歌仙の耳が赤いことに審神者は気がつかぬままだった。