素知らぬ横顔

 ぽたりと垂れた朝露に審神者は顔をあげた。いつもと変わりない本丸の庭で咲いた花を園芸鋏で切っていると、冷たい感覚があり、それは葉についた朝露だということに気がついたのだった。審神者が切り花として選んだのは、鳳仙花で、夏真っ盛りの今、満開に咲き誇っていた。この鳳仙花もすぐに花を散らし、種をはじけ飛ばすだろう。そうして、また来年、美しい色の花を咲かす。
 切り花がいっぱいになった竹籠を審神者が持ち上げると後ろから声がかかった。振り返ると見慣れた自身の初期刀で、にこりと佇んでいた。
「どうも池にいないと思ったらこんなところにいたのか」
「ずいぶん早くに見つかってしまったわね」
「ぱちん、ぱちんって、いい音がするから来てみれば正解だったよ」
 嬉しそうに近づいた歌仙は審神者の手にあった竹籠をするりと自分の手に収めてしまった。
「きれいに咲いたね」
「そう、今日がちょうど満開よ。向こうの花壇にも残しておいたからあっちでも楽しめるわよ」
 審神者が今日咲いた花々を言っていく姿に、歌仙は柔らかい表情で頷く。
審神者と歌仙は特段周りに隠す間柄ではないが、普段は、庭の奥に位置する池で会うことが多い。いつもと同じ時間に歌仙が池まで足を延ばしてみたものの、審神者がいなかったので、庭を散策していると見つけたという次第だ。
元々、審神者は咲いた花を摘んで本丸内に飾ることを日課にしている。もちろん歌仙はそのことを知っていた
今日はたまたまその時間がずれ込んでいたようだが。
「そうだ、主」
「なに?」
「明日、時間を少しもらえないか。君に見せたい場所があるんだ」
「いいけれど。……確か歌仙、明日は出陣をお願いしていたわよね」
「ああ。出陣から戻ったら君と出かけたいんだ」
 歌仙の提案に審神者は頷く。特に断る理由もなく、時間にも余裕があった。審神者は頭の中で明日の予定を修正しておく。忘れずに、この間もらった髪飾りを確認しておこうと片隅に置いておく。
 部屋に戻った審神者は早速、スケジュール帳を開いて予定の確認をする。一日の予定の中に、小さく花丸マークを記入する。使い慣れたボールペンでするするとできあがる花丸に審神者は口角をあげた。
 日中にしなければいけない仕事はそれなりにある。
日課にしていることでさえ、おざなりになることもあるので、審神者はそれなりに忙しい日々を送っていた。
ことに、最近は新しい刀剣男士の顕現がいくつか確認されており、審神者も新たな刀剣男士を迎え入れたいと思っていたし、本丸にいる刀剣たちも楽しみにしていた。
 ここ最近交わす話題はもっぱら、その刀剣男士の顕現に出くわすための意見であり、歌仙と話題になるのもそのことで、互いに落ち着いてゆっくり話をする時間は少し短い。
 そんな歌仙からの久々の誘いとあれば、反応がそれほど大きいほうではない審神者の足も浮き立つというものだ。以前、歌仙からもらった匂い袋を引き出しから取り出してみて、眺めてはしまう。時折、こんなことを繰り返ししていると知ったら歌仙はすごく驚くだろう。自分が見てないところで気にしているのなら、歌仙も本望だろう。
「主君、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
 柔和な声音に混じる真面目さに、誰が来たのかすぐに分かる。中に入ってきたのは前田藤四郎だ。
 彼に気づかれないように審神者はさっと、匂い袋を引き出しにしまう。
「失礼いたします。ただいま戻りました」
 真面目な前田のきゅっと結んだ口元がほんの少しだけ和らぐ。平野と対のように真面目なところもあるが、基本的に前田は愛嬌のあるほうだ。
「無事に帰還、お疲れ様。……今日は何かあったのかしら」
 午前中に出陣をお願いしていたのは第二部隊だ。部隊長は今部屋を訪れている前田にしていた。帰還する間際の報告では、何もなかったので審神者は不思議に思いながら、前田に尋ねた。
「いえ、行軍中は何もありませんでした。主君のところへお立ち寄りしたかっただけですが、ご迷惑だったでしょうか」
 てっきり口頭でないと言えない報告があったのかと思っていた審神者は拍子抜けした。前田の少し照れたような、はにかんだ表情に審神者も表情を緩めた。
「全然そんなことないわ。何もないなら、それが一番よ。……今日の誉は前田だったよね」
 部隊を率いてくれた上に前田は誉をとるほどの戦いぶりだ。それなのに傷はなく、背伸びをして我慢をしている様子もない。こういう時に、前田藤四郎という短刀は付喪神で、自分とは異なる存在だと痛感する。
 童の姿をしているとはいえ、中身まで人間と同じはずがないのだ。審神者が生きた十数年なんてちっぽけな時間であるほどの長さ、前田は存在している。
 それがたまたま、審神者という、物の心を励起する技をもつ人が、古の精神と技の結晶である刀剣を人の形として呼び起こされたにすぎない。付喪神として神の末席に名を連ね、刀剣男士として己の刀を戦場で振る。前田藤四郎とは、刀剣男士の一振りである。見た目は関係ないのだ。審神者の価値観が正しくないのは、本丸にきた時から何度となく知ったことだった。
 改めてそのことを思い出し、審神者はすぐに二の句を告げることができなかった。口を開きかけ、浅く呼吸を繰り返すばかりだ。
 審神者の様子に不思議がった前田は審神者の顔をのぞき込む。
「主君、いかがされましたか」
「……なんでもないわ。今日はご苦労様」
「いえ、自分のすべきことをしたまでです。それよりも主君、明日は歌仙とお出かけされるとお聞きしたのですが……」
「ええ、そうよ。少し前に歌仙と約束したばかりだったのだけど、前田どこでそれを聞いたのよ」
「歌仙から聞きました」
 前田の言葉を聞いて審神者は顔を両手で押さえたい衝動に駆られた。歌仙が言いふらすようなタイプではないにしろ、話題にされていることを知った。それだけ歌仙も楽しみにしているのだろうが、もう少し考えてくれてもいいのではと、文句の一つも言いたくなる。
「歌仙ったら恥ずかしがりもせずに言うなんて……」
「それくらい嬉しいのではないでしょうか。僕も主君の嬉しそうな顔を見れれば嬉しいです」
 いつもの柔らかい笑みの前田は続けて審神者に言う。
「それで、先ほど平野と乱と相談していたのですが、少しお手伝いさせていただけませんか」
「お手伝い?」
 背筋をぴんと伸ばして誇らしげな前田に審神者はそのまま聞き返した。一体何のお手伝いをしてくれるというのだろうか。それに、歌仙と出かけるだけなのに、何かしてもらうことなど思いあたらなかった。
「ええ。歌仙を驚かせるんです。どうですか」
 前田からの思ってみない審神者は声をあげて笑った。そんなことを言ってくる刀剣男士はこの本丸には今までいなかった。本丸に顕現している刀剣男士の中でも前田は古い付き合いだ。審神者の仲間内で話す時に使用する共通の言葉で言うならば『古参』という部類だった。
「うん、ありがとう。何してくれるの?」
「それはこれからのお楽しみです。この後お時間は空いてますか」
「急ぎの仕事はないから、一応、空いてるわよ」
「それならこれから出かけましょう。僕は平野と乱を連れてきますね」
「わかったわ」
 すんなりと決まったことに前田はぺこりとお辞儀をして部屋を出て行く。審神者も机に広げた手帳を片付け、出かける準備を始めた。
「……そういえば、どこに行くか確認しなかったわ」
 前田が出て行ったあと、一人だけの部屋で審神者は呟いた。どこに出かけるかによっては、最近は暑いので、着物から着替えようとも考えるのだが、聞いてないとなると困ったことになる。
 審神者は腕組みをしてからしばし考え、それから部屋を出たのだった。


 審神者が部屋を出て目指したのは前田と平野の相部屋だ。彼らの部屋の付近は短刀もしくは、粟田口の部屋であり、どこかの部屋に入れば誰かしらがいるような部屋の並びになっている。
 審神者はいくつか部屋の前を通り過ぎ、前田を呼ぼうとしたところで右側から声をかけられた。気配に気がつかず、思い切り肩を跳ね上げた。
「……びっくりした。乱か」
「えへへ。あれ、支度はどうしたの?」
「どこに行くのか目的地聞きそびれから、前田に聞こうと思ったのよ」
「それなら、現世のショッピングモールだよ」
 乱に言われ、審神者は乱の服装を見て合点がいった。いつもの戦装束ではなく、白のパフスリーブのトップスに膝上の花柄ミニスカート姿だ。いつもの万屋ならばここまでの服装にならなくても、いつもの内番姿でも戦装束でも良いのだ。
つまり、行先は現世。現世でも刀剣男士を顕現したままで同行できる場所は時の政府によって制限されている。審神者と刀剣男士が一緒に行ける場所も制限されてくるので、行く場所は決まっているようなものだった。
「じゃあ私は着替えてくるから、乱は前田と平野に伝えてくれるかしら」
「任せておいて。あるじさんは早く可愛くなってきなよ」
 乱の調子のいい言葉を聞きながら、審神者は軽く手を振って、自室へと戻ることにした。
 審神者が再び準備を整えて玄関に言ったのは十分後のことだった。久しぶりの袖を通した洋服がすうすうとして落ち着かない。審神者はスカートの裾をしきりに押さえながら前田達と合流した。
 玄関まで行く間に誰にも合わなかったのは偶然にしても審神者にとっては有り難かった。
「わあ! あるじさんかわいい!」
「よくお似合いです」
「足下にお気をつけてください」
 それぞれが反応を示すなか、前田が手慣れたように審神者の手を取る。審神者が久々に草履からヒールに履き替えたので、前田もそれに倣い段差のある玄関では手を差し出しくれる。審神者も慣れているので、戸惑いもせずに前田の手の平に自身の手を添える。相変わらず片手はスカートの裾を押さえたままだが、平野も乱も苦笑したのみで、何も言わなかった。
 玄関を出て、本丸を抜けた先に巨大な門がある。木造の門なので、本丸の大手門と勘違いしそうになるが、すでに本丸は抜けていた。この大門は審神者が生まれ育った現世と唯一繋がっている門である。
 審神者が顔をぐっと上げて見上げるほどに高い門は、細かい装飾がされてはいるものの、華美な色はついていない。
 審神者が大門の端に手を触れるとその部分だけ青白く光る。生体認証を取り入れている大門は、認証が完了すると音もなく扉が開かれた。
「相変わらず大仰というか、もう少しどうにかならないのかしらね」
「ボクはここ抜けてくの好きだけどな」
 大門を入ると通り道は木漏れ日の眩しい緑の木々が溢れる雑木林から満天の星空に切り替わる。天井は流線型を描き、側面からも星空を眺めることができた。
頭上では時折星が光速で振り落ちている。本丸に来てから比較的日の浅い平野は不思議そうに上を向いて歩いている。前田は何度もこの道を通っているので前を見据えて歩く。乱とは言うと、審神者に珍しくくっついていた。
 この本丸では近寄りがたいとも称される審神者だが、ここのところ少しだけとっつきやすくなったと一部では言われており、構ってくる刀剣男士も少なくない。乱は元来、審神者に好意的であり、何かと構ってくる方の部類だ。少なくとも、今回の外出を企画した内の一振りでもあるので、悪い感情なんて持ちようがない。
「あるじさんはあんまり本丸では洋服着ないけど、どうしてなの?」
「気分かしら。特別な理由はないけれど、着物を着た方が、背筋が伸びる気がして、着任してからずっと着物が基本ね」
「せっかく似合うのにもったいなーい」
「そのための今日ですよ」
「そうです。たまにはおめかしされてお出かけして歌仙殿を驚かせましょう」
「そうそう!」
 ぽかぽかと温かい陽だまりのような笑顔に囲まれた審神者は同じように笑うのだった。
 三十分ほど歩くとある扉の前にたどり着いた。一間の区切りになっており、ドーム状の天井から、釣り照明がぶら下がっている。本丸では滅多にお目にかかることはできない洋風のものだ。辺りは薄暗いが、中央に台座があり、その上には背の高い式台のようなものがあり、液晶画面が写っている。
 審神者は慣れた手順でいくつもある暗証番号を無言で打ち込んでいく。本丸ではなかなかお目にかかれない速度で入力をしていった。全ての暗証番号を入力し終えると目の前に扉が出現する。
 重厚な鉄の扉だが、審神者の力で簡単に開けることができる扉だ。
「こんな仕掛けが」
「この扉開けるとすごいんだよ!」
 驚きつつも興味津々の平野に乱が片目を瞑りながら答える。前田はくすくすとしながら、審神者を扉へと促す。
「それじゃあ、みんなで行きましょう」
 それぞれが扉を通過すると、音もなく扉はすうっと消えた。
 扉を抜けると、降り立ったのは賑やかな人通りの多い道から一歩それた小道だ。喧噪の絶え間ない音に、審神者は戻ってきたなあ、と空を見上げる。高層ビル群の隙間から吹き抜けて見える青い空が目に痛かった。
 小道の横断歩道を渡り、一つの高層ビルへと入っていく。一見すると雑居ビルにも見えるビルは中に入ると地下二階、地上七階建ての立派な審神者と刀剣男士御用達のデパートである。
 中に入ると、見慣れた姿ばかりの光景。慣れた刀剣男士の顔、時々演練で見かける審神者までいる。
「主君、今日は私達の案内でよいですか」
「ええ」
「では参りましょう。平野、乱、いきますよ」
 前田の瞳がきらりと変わる。一声に控えめながらも気合いの入った二振りの声が重なった。
「おっけー!」
「はいっ!」
 審神者は地上五階へと繋がるエレベーターまで三振りに手を引っ張られるのだった。
 五階は高価格帯ではないものの、安価ではないアパレルショップが入っている区画だ。
審神者が普段購入する時はもう一つ下の階の、比較的手にしやすい洋服だが、今回は歌仙を驚かせるためだ。財布をきつく締めている場合ではない。
彼の審美眼は正しいし、公正な判断をすることもできる。それ故に、歌仙の瞳を惑わすことはできないのだ。
「あるじさんはさ、こっちの服も似合うと思うんだよね」
 乱は審神者に服を当てながら言う。
「主君?」
「……あ、うん。ごめん、この服も可愛いわよね」
 一瞬上の空だった審神者は苦笑しながら答えた。審神者は服を選びながらふと気がついたことがある。
 審神者は歌仙に着るものの類いで何か言われたためしがない。
 それは審神者の服の趣味が歌仙と合っているからなのか、歌仙がただ審神者の服装に興味がないのか。小言の一つも聞いたことがない審神者には、理由が思い当たらない。
「もしや、お気に召されませんか」
「ううん、違うわ……」
 そのまま審神者は俯いてしまう。審神者がしばらく黙っていると、乱がふふん、と得意げに一枚の服を差し出す。
「これ一回着てみてよ。ボク見てみたいな」
「え、ええ、わかったわ」
 審神者は乱から渡されたワンピースを持って、店員に促されながらフィッティングルームへと消えていく。
「乱、助かりました」
「いいって。あるじさんったら可愛いのにもったいない。……歌仙が褒めれば違うのに」
 乱が頬を膨らませると前田と平野が互いに苦笑した。しばらくしてから審神者が顔だけ覗かせた。
「主君、出てこないのですか」
「ちょっと、これ、丈が短くないかしら?」
「主君でしたらお似合いですから、お姿を見せてもらえませんか」
 平野の期待した目線に根負けした審神者はフィッティングルームから出てきた。審神者はしきりに丈を気にしているが、膝上五センチ程度なのだが、短い丈は苦手なのだろう。
 審神者の着たワンピースは淡い藤色で、腰のあたりに大きなひだ飾りが左右対照にあしらわれている。腰より高い位置での切り返しのついているフレアワンピースだ。
「さすがにこれは短いわ……歌仙に、怒られると思うのよ」
 悩んでいる審神者をよそに前田達は三振りで話しを広げていく。そのうちに平野が靴を持ってきた。
「こちらの靴も似合うと思いますよ」
 平野が差し出したのはサンダルで今の時期にも合う爽やかな白だ。試着しているワンピースとも相性がよさそうで、審神者は黙って履く。
 審神者は普段、可愛らしい装飾が施されているような服装を好まない。本丸内で着ている着物も、単色や控えめな柄が描かれたものを好んで身に纏っている。派手な装飾がされたものを着る時は公式な場に出席する時だけだ。あまり好んで着ているわけでもないのだが、女子が一人という本丸においては、やはり華やかなものの方が好まれる。
 その中で、審神者にとんと口のうるさい歌仙が審神者の服装に文句の一つも言わないのも珍しいことであった。審神者の記憶が間違っていなければ、一度も服装の話をしたことがない。単純に、興味のあるなしの問題だと審神者は思っていたが、よく加州や乱には言われていたのと思い出す。
 審神者は身に纏ったワンピースを鏡で確認しながら尋ねた。
「もしかしてだけど、全身何か買うのかしら?」
「いえ、主君が気に入ってものだけです」
「……そうなの?」
「はい。歌仙を驚かせるのはもちろんですが、主君が気に入ったものでと考えております」
 当たり前のように答えた前田は審神者に微笑んだ。審神者はてっきり選んだものを自動的に買うのかと思っていたので、ぽかんとした表情になる。
「んー、どうしようかな」
「あるじさんはいつもの着物も似合ってるけどさ、洋装も似合うし可愛いからさ、とびっきり可愛くしようよ」
 たまにはいいでしょ、と乱は片目を瞑る。ころころと変わる表情に審神者も最後は折れて、いくつか洋服を購入したのだった。
 買い物を終えて、息抜きにと最上階のカフェで休憩することになった。
提案してくれたのは彼らだが、決めるのに時間がかかったため、さすがに休憩にしないとなんだか申し訳ない。
 エスカレーターを上っていく間、様々な光景を目にする。
 同じ審神者と刀剣男士とすれ違うたびに、つい目を追ってしまうのは同性である女性の審神者と歌仙で歩いている姿だ。視界に入りやすいのは意識しているからで、見ないようにしていても気になってしまう。
 審神者と刀剣男士が一人と一振りでいるなんて当たり前で、見慣れている光景のはずだった。不思議と歌仙が隣にいることが普通すぎて忘れていた感覚だが、彼と想いを通じ合わせることは希有なことだと改めて思う。
 自分とは違う審神者が、自分の知っている歌仙兼定とは異なる歌仙兼定をつれている。とある審神者は歌仙の視線の先で微笑んでいるけれど、また違う歌仙兼定は遠くの審神者を見ながら気をもんでいた。
 その表情は慈愛に満ちていて、審神者はその表情の正体に気がつく。今の審神者だからこそ気がつけるものであって、数ヶ月前の審神者自身なら気がつきもしないだろう。
自分のところの歌仙と同じだな、と思う程度だ。あの、目線の先にいる歌仙兼定の想いが通じればよいな、と心の中で知らぬ歌仙を応援した。
 最上階にあるカフェはちょうどお茶の時間で少し混んでいたが、先にいた二組を待ってから席に案内された。
 御用達のデパートなので、審神者は何度も足を運んだことのある場所だ。このカフェも入り慣れている。現世同行はどうしても危険がつきまとうため、練度の高い刀剣男士と共にすることが多い。今日の中では前田藤四郎が一番審神者に同行している回数が多い。
 注文をしてしばらくすると先にお願いした飲み物がやってくる。審神者は口をつけながら呟いた。
「久々にお買い物したな」
「あまり購入されてなかったのですか」
 審神者は平野に聞かれる。
「最近はこっちに来る用事も少ないから買ってなかったのよ。だいたいは本丸にいるし、万屋で買い物も済ませちゃってたから、必要がなかったの」
「そうはいってもさ、あるじさんは現世の人なんだから、たまにはここのも身につけとかないといけないよ」
 オレンジジュースを飲む乱に言われた審神者は首を傾げた。審神者になる前に受けた研修では、事前に言われたことはなかった。そもそもあの研修さえ正しいものかは審神者の知るところではないのだが、審神者の知識が豊富なでもないので、乱の言葉を上手に飲み込むことができない。
 コップに入ったストローでミルクティーをかき混ぜる。
「初めて聞いたわ」
「ボクも鶴丸さんがお酒の戯れに話してたからどこまでが本当かはしらないけどね。でも、僕たちと常に近いから、気をつけないといけないよ」
「そうね……」
 腑に落ちない様子の審神者のところへ店員が軽やかな声でケーキを運んできた。何も知らない店員はケーキの説明をしながら次々と机においてく。
「ケーキもきましたし食べましょうか」
 前田の明るい声に同意したのだった。
 

 帰り道は何事もなく本丸へ戻ってきた。相変わらず大仰な開閉をする大門を通り抜けると、珍しく腕組みした歌仙が待っていた。
 前田たち三振りは賑やかに声をかけるが、審神者は大門を一歩抜けたところで立ち止まってしまった。審神者は歌仙と出会ってから一度も洋装姿を見せたことがないのだ。急に足下のすうすうとした感覚が恥ずかしくなってくる。
「前田、ずいぶん楽しいお出かけだったようだね」
「はい。……主君? 大丈夫ですか?」
 背後に気配がないことに気がついた前田は後ろを振り返る。審神者も気がついてすぐに駆け寄る。
「珍しいわね、ここで待っているなんて」
「君が何も言わずに出かけるからだろう」
「今日の近侍の薬研には伝えたからいいわよね」
「そういう問題ではないんだよ」
 いつもの押し問答が始まると前田たちは本丸の中へと入っていく。
「……はあ。本当に君は勝手だ」
 聞き慣れた呆れた声に審神者も観念した。そのため息に何が言いたいのか分かってしまったからだ。歌仙に何も告げずに出かけたのは審神者も悪いとは思っているが、なんせ歌仙を驚かすためなのだ。言えるはずもないし、告げれば彼はてこでもついてくるだろう。
 歌仙は審神者が考えている以上に審神者のことを気にしているし、気遣っている。あまり、直接的に言葉で示さないだけだ。
「歌仙にお土産買ってきたのよ。ねえ、お茶用意するから一緒に食べましょう」
「君ねえ、僕がそれくらいでだまされると思っているのかい……」
 渋った様子の審神者はもう一声付け加えた。
「せっかく、練切り買ってきたのだけれど、いらないかしら」
「ああ、もう。分かったよ。君と夕方過ごすよ。ほら、その荷物も貸してくれ」
 審神者の言葉にほだされた歌仙は、やはり審神者に弱い。
審神者も自覚してやっているのか定かではないが、それでも歌仙が自身に甘い時があるのを知っているのだ。
 結局、隣同士、夕陽を背中に受けながら本丸の中へと進んでいくのであった。