※10年後

 あんな男のどこがいいのか聞かれたら、私も確かにどこがいいのだろうと思う。誰かに聞かれるよりも自分が一番知っていた。冷酷非道、人間を人間とも見ない。仲間は道具の一部にでも思っている。自分のためならば、どんな犠牲だった厭わないような男だ。それを酷い男だと形容しないのならばなんというのだろうか。
 何よりも、自分の上司である雲雀恭弥との相性は最悪だ。互いに出会い頭にドンパチを始める。巻き込まれるこちらの身にもなって欲しいものだ。半ばあきらめているし、ボスも多少は目を積むっているようなので、彼らは好きにすればいいと思う。
 私がたまたま雲雀さんの部下として動いているのは本当に偶然の話であって、別に六道さんに合うきっかけがこれだったというのは、遠い昔の話だった。
 しかし、私には腑に落ちないことがある。
 なぜ、六道さんは私の部屋にくるのか。
 もともと、自身が守護者に就任して沢田君が正式にボスになっても、このボンゴレ本部には近づきもしないような男だ。一応、任務で必要があれば本部に来ることはあるが、大概は長期任務のため、この本部にいることはまずない。彼にもちょうどいい口実だっただろう。
 それに、必要な人物以外に会うことを極端に嫌っている六道さんが誰かに会いにくるなんてあり得ないことだった。だが、それが実現してしまっているのが私であって、ボスはどうやら知っているらしいというのがなんとも小憎たらしいことだ。
 私の見る限り、六道さんの眠りは浅い方だと思っている。任務で一緒にされた時に彼はかすかな物音でも身じろぐし、警戒心の強いタイプだ。雲雀さんとよく似ている。そんなことを告げれば私は即刻葬られるのかもしれないが。
 今日もまた、人目を忍んでドアをノックする音に私はため息をはいた。いったい何度目の訪問なのだろう。彼はよく飽きもせずにここへやってくる。もし、私がいない時はどうしているのだろう。そのまま自分の家へ帰っているのかもしれないし、私のあずかり知らぬことだ。
 扉を開けるとただ立っているだけなのに一見しただけでは優雅そうに見える男こそ、六道骸だ。しっぽみたいに長い襟足が微かに揺れていた。

「こんな夜更けになんですか」
「たまたま寄ってみただけです」

 こんな押し問答をするくせに、六道さんは当たり前のように部屋の中へと進む。私が止めたところで聞きもしないのは明白なので、断ることのほうがよっぽど難しい。
 彼は部屋の真ん中にあるソファへ横になり、長い足を放り投げる。自慢のつもりなのか、絶対にそうだ。特別な意図はなくとも人を惹きつけるには十分な人だ。そんなの十年も前から知っている事実だった。

「ちょっと、部屋にきてすぐにそれはないんじゃないですか」
「寝床に来たのですから、寝るに決まっている。貴女は馬鹿ですか」
「それだけなら、守護者専用に部屋がありますよね。なんでそっち行かないんです」

 不満を漏らせば、六道さんは閉じていたまぶたを開けて、私を気だるげに見た。人の部屋に勝手にきたくせに相変わらず態度が大きい。

「……いまだに気がついてないのも意外ですが、この間ので僕は答えたつもりです」
「この間って、あれですか?」
「そうです。あれですよ」

 当たり前だというように言うが、私はあれと言われて思い当たるのは一つしかない。私がこの間の長期任務に行く前のことだ。今日みたいにやってきた六道さんに押し負け、キスをしたあの日。不思議と嫌だという感情は思い浮かばなかったが、私でいいのか疑問だった。それに、あのままベッドで抱き枕にされただけで済んだのだ。六道さんの手が早いと思っているとかそういうわけではない。拍子抜けした。それが一番私の心の内を表現するのには合っていた。
 普通の男なら、あのままなだれ込んでいるだろう。六道さんは酷い男ではなかったのか。頭の中で考えるだけで、本人に問いただすつもりはなかった。答えを求めているわけでもないし、ましてや彼の口から愛の言葉が紡がれるなど、悪寒がする。六道さんは酷い男なのだ。そのままでいてほしかった。

「もう一度してあげましょうか」
「……結構です」
「それはつまらない」
「私、そこらにいる尻軽の美女じゃありませんから」

 本当に残念がる様子に私は面倒そうな態度を隠さずに返答をする。何がもう一度だ、もう寝ぼけているのか。女の人と寝たいのなら、そこらの美女でもとっ捕まえてすればいいのに。さすがにばかばかしくなって、私は立ち上がった。

「美女なんて抱く興味もわきません。第一、マフィアの女なんてごめんだ」
「マフィアの女って、私も同じ種の人間なんですが……」
「美女に限った話ですよ。貴女のことだなんて一言も言ってないですよ。そもそも抱いてないですし」
「左様ですか」

 ちらりと覗いた赤い瞳が私をとらえる。言い方は随分と疳に障る物言いだ。彼が挑発的な態度なのはいつものことなので無視した。美人ではない方が扱いやすいとでも思っているのか、それとも美女の見過ぎで飽きてしまったか。理由はどちらでもかまわないが、私がけなされたのは間違いなかった。たかがそれくらいで腹を立てるほど器量が狭くはないが、そんな物言いする人に寝床を提供し続けるのもいかがなものか。

「早く寝て出てってください」
「薄情なもんですね」
「……あなたに言われたくないです」

 仕方なくクローゼットから薄手の毛布を取り出す。ソファで寝るのもどうかとは思うが、私のベッドを貸してあげる義理もない。少しくらいの優しさは私にもあるので、そっとかけてあげると腕をかすめ取られた。

「ちょっと!!」
「クフフ……僕を侮るのいい加減にしなさい」

 引っ張られたせいで、完全の六道さんの上に乗っかる形になっている。退こうとして動こうとしたが、強く握られた腕のせいでうまく動けなかった。最悪だ。どんどん事態がおかしな方へと進んでいる。

「……セクハラで訴えますよ?」
「それなら何度呼ばれているんですかね」
「はあー。明日も早いんですから、こんな茶番につきあう身にもなってください。ただでさえ、睡眠時間が少なくなっているというのに、六道さんの相手してたら寝られないじゃないですか」

 愉快そうに微笑む彼に私はまた長いため息を吐いた。いくつ命があっても付き合いきれる気がしない。どうしてこの人はそこまで私にかまってくるのだ。
 この際、私が六道さんを部屋に泊めていることを許しているにしても、どう考えても可笑しい。この人の頭の中など一ミクロンも知りたくはないが、私の目の前でする表情は苦手だ。大勢の前で不遜げで横柄で勝ち気な態度でいてくれないと困る。六道さんが酷い男なことを知っているはずなのに、もっと奥底は違うのでは、と勘違いをしてしまいそうになるのだ。
 この人をつなぎ止めるものは何になるのかなんて知っているけれど、もっと違うものはないのか。でも、それが私になるのはごめん被りたい。

「どうせ六道さんは一人じゃ寝られませんもんね」
「貴女こそ、この間は随分とぐっすりのようでしたけど」
「疲れてたからじゃないですか」

 そうだ。認めたくはないが、彼の体温は不思議と心地よかったのだ。こんなこと上司に言ったら間違いなく咬み殺される。というか、私の部屋に盗聴器やら監視カメラを設置して、六道さんが来たのをいいことに部屋に乗り込んでくるに決まっている。そんなの絶対に阻止しなければいけいない。
 頬に滑る指先がくすぐったい。ああ、嫌だ。こういう時の彼の表情は苦手だ。今ひとつ何を考えているのか読み取らせてくれない。

「ちゃんと言わなきゃわかんないですよ」
「貴女に言ったところで信じる気などないくせに」
「ええ、まあ」

 この人の口から聞きたいかと言われたら、それはそれは微妙な返答しか返せない。第一、この人の紡ぐ言葉は毒みたいにゆったりと回ってくるのだ。一度聞いたら、きっと、引き返せない。それにこの人から出てくる愛の言葉なんて考えただけでも寒気がする。六道さんが言いたいことは、そっけない仮初めの愛の言葉ではなくて、もっと根本的に必要とする言葉が出るのではないだろうか。

「貴女はそうやって逃げるのもうまいから、僕がこうしないとすり抜けていく」
「別に逃げてなんかいません。六道さんとそうなるつもりも、理由もありませんから」
「……じゃあ、今だって必死に逃げればいいじゃないですか。そうしないのは、貴女も少しは期待しているんでしょう?」
「期待なんか、なんで」
「これでも、まだ嘯くというんですか。往生際の悪い」
「まって、そういうことじゃ……!」

 鼻の先がくっつきそうなほど近い顔。上司の顔もそうだが、この人の顔も心臓に悪い。守護者はどうしてこうも皆顔のパーツがそろっているのだ。不思議なほどに釣り合いのとれているオッドアイが私の情けない顔を映しこむ。

「そういうことって? 貴女いつまで抵抗するつもりですか」

 するりと彼に抱き留められ、後頭部に回ってきた手のひらに抵抗する気など起きなかった。

「ほら、最初から返事は決まっていたでしょう」
「……まだ言ってないです」

 嬉しそうに柔らかく微笑む六道さんの表情を見て、どうしてもっと早く気がつかなかったのだろうと思った。この人が辛抱強いだなんて知らなかった。後頭部に回った手のひらがわずかに震えていただなんて、他の人が知ったら笑うに決まっている。私だって知りたくて知ったわけじゃない。けれども、知ってしまったらそれまでだった。

「このまま眠ってもいいですか」

 六道さんは聞かなくてもそのつもりのくせに、わざわざ許可なんてとるのだ。私がここに泊まることに、私を抱きしめたまま眠ることに拒否なんてしたことなかった。それこそ最初は戸惑ったものの、最初から受け入れていたのだ。
 私が小さく頷くと、彼がほうと息を吐いたのがわかった。彼は珍しく緊張していたらしい。だんだんと温もりになれて、微睡みの中へと吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。

***

 意識が浮上した時、自分の中にある温もりに驚いたものの、寝る前の問答を思い出した。安心しきって眠る姿に苦笑しつつも、骸は彼女のまぶたへ唇と落とす。
 いくら言おうとも、彼女が自分の言葉をまっすぐに受け取らないことは百も承知のことだ。拒否をしない点では安心している。きっと彼女も同じだからだ。
 まっすぐに受け取らないなら、それも自分たちの関係を示す形だった。
 だから、あとほんの少しだけ彼女の温もりを確かめていたかった。身じろぐ様子もなく、ゆっくりと穏やかに眠る彼女の姿を眺めながら、骸は目を細めたのだった。

2016/06/01