ある朝のことだった。
わたしが知らないとでも思っているのだろうか。あなたが誰かを想って泣いていることを。その誰かがもう会うことはない人だろうことは気づいていた。
「また、泣いてらっしゃる…」
「…………」
「会えない誰かを思っても変わらないです」
「!……い、いつから知っていたんだ」
「最初からです」
そうよ。最初から知っていた。わたしを見ているけど、どこか遠くを見ている。その目線の先には誰がいるのか気になったけけどその誰かがわからなかった。きっと、教えられたら腑が煮えくり返って、その誰かを殺してしまうかもしれない。
「もし、お前を愛していないといったら?」
「あら、実際に愛してないでしょうに」
「知っていたのか」
「もちろんです。だってわたし、あなたの奥さまですもの」
あなたの想っているような、女性じゃない。きっと、わたしの知らない誰かは、わたしよりずーっと可愛らしいのだろう。わたしより彼に愛されているのだろう。愛されたいのに愛されているのはわたしの知らない誰か。
「愛せなくてごめんな」
「謝らないで、わたしがあなたに想ってもらえるような女じゃなかっただけよ」
そうよ。だから、同情のような謝罪はいらない。わたしに罪悪感が積もるだけだから、やめてちょうだい。
「謝るなら、わたしを好きになって、そして愛して」
「……………」
「嘘よ。そんな意地悪しないわ、ごめんなさい」
嘘。本当はわたしを愛して欲しいの。だけど、あなたには無理だからわたしがまた壁を作って拒絶するの。ほら、今だって悲しい顔してるわ。
そんなに誰かを愛しているなら職権乱用でもして婚約すればいいんだわ。そうすれば、わたしがこんなにも虚しい思いをしなくて済むんだわ。きっと、そうよ。
こんなだから、わたしにはあなたの言った言葉なんて耳に入らなかった。